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2004/04/27

パソコンの値段

むかし会社勤めをしている頃に、パソコンを買ったというと、周囲から「金持ち~」とよく言われた。しかし、私は高級ブランド服を買わないし、車も持っていない。そんなものにお金を使う人の方がよっぽど金持ちだと思うのだが、みんながやっていることは贅沢ではなく、「人並みの生活」になるらしい。

ただ、好みの問題だけでなく、慣れると金銭感覚は変わってくるようだ。当初、Let's Note R1シリーズを買うとき、サブノートして試しに買ったので、できるだけ安くと思い、新宿のヨドバシで17万円台で買った。買ったときはいい買い物をしたと思ったが、あまりの使い勝手のよさにメインで毎日使うようになると、無線LANを内蔵していないのがどうにも気になって、1年でR2に買い換えてしまった。今度はメーカー直売の通販で24万円くらいしただろうか。でも、まったく高いと思わなかったのだ。買い換えてからまだ1年だが、新製品が発表されると、つい食指が動いてしまう。

商品の価値を知り、認めれていれば、高いとは思わないのだ。

パソコンを高いと思う人は、価値がわかっていないのだろう。数世代前のスペックの安売りマシンで満足していればいい。その代わり、こちらは高級ブランド服や宝石の価値などわからないし、わかろうとも思わないから、スーパーの特売で十分だ。

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2004/04/23

理解して書く

わかりやすく書くためには、書き手が書く対象をどれだけ理解しているかも重要なポイントだ。

かみくだいて説明するためには、一度その内容をすっかり自分のものにしてしまわなくてはならない。理解しないまま、辞書や資料から他人の言葉をちょこちょこ引用しても、それは借り物。自分の言葉になっていないから、読み手を感動させることも、納得させることもできないだろう。

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2004/04/22

つまらないものですが…

さっき、何気なくTVを付けていたら、NHKで上手な日本語の使い方の話をしていた。「お」の使いすぎなどは予想通りだが、ちょっと驚いたのは、人にものをあげるときに「つまらないものですが…」というのは、「いまはもう使わないでしょう」ということ。

友だち同士ではもちろん使わないが、ちょっと距離をおいた人にプレゼントするときには、手頃な慣用句として使っているけどなあ。私は、死語を使う年配の人になってしまったということか(笑)。

もちろん、本気でつまらないと思ったものをあげるわけがない。ただ、友だちにあげるときにでも、「たいしたものじゃないよ」とはよく言っている。相手に遠慮させないようにという心遣いだ。こういう言葉が使われなくなっているとしたら、遠回しに気を遣うということがすたれてしまったということか。ストレートにものを言わないと、通じなくなっているというのは悲しいが、多種多様な人間とコミュニケーションする国際化時代には、しかたないことなのかもしれない。

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2004/04/17

パソコンは常時起動へ

TVパソコンを使って何が変わったかというと、もうひとつは、パソコンを常時起動してあるということだ。スリープ状態だが、電源は入っている。でないと録画できない。

それを考えると、ワンタッチTV起動などという機能は、あまり意味がないと思う。最近流行のTVノートは、単に省スペースの据え置きノートと考えるべきか。

ただ、常時起動で常時インターネット接続となると、セキュリティが心配だ。きちんと対策しておけないと、外から見られ放題になってしまう。一般家庭は、大丈夫だろうか。

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むずかしい言葉を使わない

わかりやすく書くコツの第一は、むずかしい言葉を使わないことだ。

漢字交じりやカタカナ語をどんどん並べると、なんとなく自分が賢くなったような気がする。でも、それってタダの自己満足だ。読んですっとわかってもらうためには、できるだけ簡単な言葉で書こう。

簡単な言葉で言いたいことを的確に表現するのは、案外むずかしい。いろいろな言葉を知っていなくてはならないし、頭を使う必要もある。書き手の力が試されるのだ。

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ネットには大勢の読者がいる

ネットで質問があって、その質問から派生したテーマを語っていると、「自分はそんなことを質問していない」とか「自分はそんなことはわかっている」と文句をいう人がいる。自分1人のためにみんなが回答してくれるべきだとでも思っているのだろうか。

公開の場では、質問も回答も、質問者だけのものではない。みんなが見る場所なのだから、似たような質問をしたい人にとっては、関連ある情報が書かれているほうがメリットは大きいはずだ。また、そのときの質問者にはあてはまらなくても、誤解をまねくような情報は正しておかないと、大勢のデメリットにつながることもある。

確かに、1つの質問に的をしぼったテーマで回答した方が、情報整理のためにはいい場合がある。ただ、それはサイトの管理者が方針を決めること。ネットでのやり取りは、1対1ではない。常に大勢の読者が控えていることを忘れないようにしよう。

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回答してもらって怒る人

ネットでの質問に回答してあげると、逆に怒り出す人がいる。自分が質問したのはそんなことではない。関係ないことをごちゃごちゃいうのはけしからんというわけだ。

回答者は、必ずしもその人に対する親切心だけで回答しているわけではない。情報交換しあうことで、自分のメリットにもなっている。また、中にはとんでもないいいがかりで質問者を責めるような回答者もいる。だから、回答に対してすべて感謝してありがたく受け取るべきだとは思わない。

ただ、「どうか教えてください」と人にものを頼んだ立場というものがある。自分が期待したとおりにならないからといって、頼んだ相手にくってかかるというのは、どうだろう。気に入らなくても、それなりに適当に受け流すのが、常識的な社会人というものだろう。

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なぜ回答するのか

古くはニフティのフォーラムの会議室から、メーリングリスト、掲示板と、さまざまな場所で質問があがる度に、せっせと回答している。「どうしてそこまで親切にするのか」という友だちもいるけれど、純粋に親切心で回答しているわけではない。

「自分はそういうことを知っているぞ」と誇りたい自己顕示欲も、もちろんある。でも、それよりも「この質問に対するベストの回答は何だろう」という探求心が大きいような気がする。だから興味がわくと、知らないことでもわざわざ調べて回答したりもする。

人にきちんと説明しようとすると、情報を整理して考えをまとめなくてはならないし、説明方法の工夫も必要だ。そうやって回答を続けることで、自分の情報量も、文章力も、飛躍的にレベルアップしてきた。

ネットでは生半可に回答すると、より詳しい人からつっこみが入ることがよくある。ライターとしてスキルアップするには、またとない場所だ。

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2004/04/16

ネットがあぶない理由

ネットは怖い。文字情報だけなので誤解されやすい。仮想社会でハメをはずしやすい。よく言われることだ。みんな間違ってはいないけれど、根本的なところをついていないような気がする。

世の中にはたくさんの犯罪者がいる。詐欺も殺人も、歴史が始まって以来存在する。もともと社会というのは、危険でいっぱいなのだ。しかし、ネットがない時代には、個人と社会のリンクは、ごく限られたものだった。見知らぬ他人と出会う機会は少ないし、知らない人には用心していた。また、大人であれば、それまでの経験から、それなりに状況を読めるようになっていた。

ネットでは、個人がいきなり広大な社会とつながっている。ところが、その状況を読めるだけの知識と創造力が欠けている人が多い。だから、ネットが危険なものになっている。

ネットには危険が多い。でも、善良な人でいっぱいでもある。社会の大半は、もともと善良な人たちで占められているから。ネットは特別な社会ではなく、多様な人間に出会える場所にすぎない。さまざまな人と上手につきあうすべを身につけていきたい。

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2004/04/15

怒りの表現が必要なこともある

あるライター志望者が、仕事を紹介してくれないかとメールで相談を持ちかけてきたことがある。多少知っている人だったし、実力は多少ある人なので、それなりに考えてアドバイスしたのだけれど、何だかおかしい。ライターになりたいと言っておきながら、なんとなく真剣ではないようなのだ。

それをそれとなく指摘すると、実は本心はライターではなく、カメラマンになりたいという。とりあえずフリーでやっていくためにはライターの仕事がほしいと思ったが、最終目的はカメラマンだと私に言ったら相手にされないかもしれないので、ライターになりたいと偽ったのだそうだ。

それは、まだいい。付け加えて書いてきた言葉がひどかった。「あなたの書き方で、自分はいやな思いをしました。メールは顔が見えないから、気を付けるべきです。お互い気を付けましょう(^^)」だって。

バカヤロウ。それしか言いようがない。

「あなたは、人にものを頼んでいる立場だ。こちらは、自分にとって何のメリットもないのに、相談にのってあげている。それを、自分の都合で嘘をついたのは、あなた。私はそれを感じたから、それとなく不快感を表現しただけだ。不快感を表現したのだから、いやな感じがして当たり前だろう。自分の不快感を主張する前に、自分が相手に不快感を与えているということを、感じるべきだ。フェイスマークなどでごまかせると思う方がどうかしている」。こんなことを書いてやりたかったが、ばかばかしいので、無視して返答しなかった。

いろいろな人がいれば、考え方の違いはある。不快な行為には不快感を、怒ったときには怒りを表現するのがコミュニケーションだろう。最初からケンカを売ったり、相手の人格まで否定するのはよくないが、自分の気持ちはきちんと伝える必要がある。いつも気持ちを押し殺していたのでは、気持ちが通じあうことはない。

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文章よりも気持ちが大切

「ネットは文字だけの世界だから、文章には気を付けて」とよく言われる。でも、私は、ちょっと違うと思っている。

「文章に気を付けて」というと、文章さえうまければ、うまくコミュニケーションできるような気がしてしまう。でも、非常に礼儀正しく達者だけど、書いている内容はなんともはや失礼な文章というのは、たくさん存在する。プロバイダーやメーカーに苦情や問い合わせをしたときの返信メールには、そういうものが多い。恐らく、担当者が自分の言葉で書かずに、模範解答例を見て、対応しているからだろう。

文章で誤解が起こることは、確かに多い。でも、文章には書いた人の気持ちや人柄が自然ににじみでてくるものだ。たとえ誤解が芽生えても、根気よく自分の言葉でやり取りをしていれば、それなりに気持ちは伝わっていく。ところが、下手に使い慣れない言葉を使って文章を練ると、とんでもなくつっけんどんで感じが悪い文章になることがある。

どんな言葉を選ぶか考える前に、相手の気持ちに気を配ってみよう。そうすれば、自然に気を配った言葉が出てくるはずだ。

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筋トレにもスピードを

スポーツ健康医学について、本格的に勉強したいと思っている。まだまだ知識のいったんをかじり始めたところだけれど、自分の勉強を深めるために、わかったことを少しずつ書いていこう。

スポーツでは、よく「パワーがある」とか「パワーが必要だ」という。パワーとは、ただの「力の強さ」ではなく、「仕事=力の強さ×速度」だ。ジャンプするとき、強い力で踏み切っても、速度が遅いと遠くへは飛べない。パワーをつけるためには、強い筋力だけではなく、筋肉を速く動かす必要がある。

レジスタンストレーニング(いわゆる筋トレ)をするときに、ゆっくりトレーニングをしてしまうと、筋肉はいざというときにも、ゆっくりしか動かない。強いだけでなく速く動く筋肉を作るためには、実際に競技のときと同じくらいの速さで筋トレをしなくてはならない。

といったことが書いてある本を何冊か読んだ。そういえば、ニッポンランナーズの練習会で実施する筋トレは速い。

不良会員でたまにしか練習会に参加しないが、スクワットは、しゃがむときはゆっくりだが立ち上がるときは速くと指導を受けた。カーフレイズも、コーチの実演は、実に速い。実は、速すぎてついていけない(笑)。

10年くらい前から鈴木正茂さんが広めたダンベル・ダイエットでは、「故障予防のためには、絶対に速く動かさないでください」言われていた。そのためか、筋トレというと、ゆっくりやるのが正しいと思い込んでいた。しかし、体力作りのための筋トレとは違い、目的があってのトレーニングでは、「速く」が重要ポイントらしい。

注:ニッポンランナーズのスクワットでも、しゃがむのはゆっくりやっている。重量がかかっている状態で速く動かすのは、膝などを故障する恐れがあるだろうから、実行のときにはご注意を。

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2004/04/14

ウイルスと間違われないために

挨拶も署名もなく要件だけのメールって、どうしてこんなに多いんだろう。特に、ホームページの公開アドレス宛にそんなメールが届くのには、驚きだ。ふつう、知らない人に手紙を出す場合、「はじめまして。私は○○と申します」と書くでしょ。メールは会話と文章の中間だから、挨拶は省略していいなんていうのは、おかしい。はじめての相手に電話するときだって、ちゃんと名乗りをあげるはずだ。

アドレス帳に登録し合った携帯メールなら、名前が表示されるから、それに慣れて混同しているのかもしれない。

ともあれ、知らない人とコミュニケーションしようと思うなら、名乗りは当然だ。知っている間柄だって、電話なら最初に名乗るし、手紙なら署名を入れる。

挨拶を勧めるには、もうひとつ理由がある。ウイルスだ。最近のウイルスは差出人を詐称するから、知っている相手からのメールでも安心できない。内容で判断するしかない。挨拶も署名もないメールは、敬遠されることになるだろう。本文なしで添付ファイルだけなど、問題外だ。そういうメールを書く人がほとんどいなければ、ウイルスにだまされることも減ると思うけどなあ。

もっとも、みんながきちんと挨拶や署名を入れるようになれば、それらしい本文を付けたウイルスメールが横行するようになるだろうけど。

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低血糖に砂糖

夕方から16kmほど走って、夜の8時頃戻ってきた。先に汗を流そうと思って風呂に入っていたら、なんだか右手の親指の皮がピリピリしびれてきた。だんだん強くなって来るので、「さては脳血管系の障害か?」などと恐れていたら、左も少しピリピリ。ははぁ~んと、台所にかけこんで、砂糖をひとさじなめた。すると、数秒で症状が消えていき、数分後には何も感じなくなった。低血糖だったのだ。途中でスポーツドリンクを飲んだり、コンビニでカレーパンを食べたりしたんだけど、足りなかったらしい。

それにしても、数秒で症状が改善される砂糖の効果にびっくり。

糖尿病などで血糖を下げる薬を飲んでいる人は、低血糖になる恐れがあるので、砂糖やキャンデーを持ち歩くんだと効いたことがある。「そんなに素速く効くのか?」と思っていたけれど、本当に効くんだなあ。

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2004/04/13

ついに出た!日本語ウイルス

今朝、とうとう本文が日本語で書かれたウイルス添付メールを受け取った。ほとんどのウイルスは、英語で届く。それがあやしいメールを見分ける1つの手段になっていたのだが、もう日本語だから安心とは言えなくなった。いつ出てもおかしくないとは思っていたが、案外早かったなあという印象だ。

私のウェブを見た人が誰か感染しているらしく、このところNETSKY.Qを毎日30通くらい受け取っている。その中の1通に「この通知は自動的に生成された配信状態通知です。次の受信者への配信に失敗しました。(メールアドレス)」という日本文が記載されていたのだ。

ところで、NETSKY.Qは、日本から流行が広まった。そのためか、ウイルス対策ソフトの定義ファイル更新が合わなかったようだ。私が最初にあやしいメールを受け取ってから、半日経って、やっっと定義ファイルが更新されて、発見できるようになったのだ。ウイルス対策ソフト頼みの人は、対策ソフトを使っていても、うっかり感染した可能性がある。ウイルス定義ファイルを最新にして、全システムのチェックをしてみよう。

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GW進行

フリーランスのライターは、自分がボスだ。世間が休みの日や深夜早朝に仕事をしている場合があるかと思えば、平日昼間に友だちとビールを飲んでいたり、のんびり寝ているときもある。自分のペースで仕事を組み立てられる…というのは理想の話で、現実はお客様商売。週末に「来週開けにお願い」と言われれば、なかなかイヤとは言えない。けっきょく他人の都合に引っ張り回されることが多いのだ。

その典型的なのが、お盆進行、年末進行、そしてゴールデンウィーク(GW)進行だ。印刷会社や取次店が長期休暇に入るため、普段よりも雑誌の締め切りがズズッと前倒しになる。

そして、いまがそのGW進行の真っ最中なのだ。いませっせと働いても、こちらはあとで長期休暇を取れるというわけじゃないんだけどなあ。でも、ひあがってしまうと困るので、来る仕事は基本的にみんなありがたくお受けするのだ。

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2004/04/12

『42.195kmの対話』

昨夜、NHKアーカイブス『42.195kmの対話』が、TVパソコンのおまかせ録画にひっかかっていた。宇佐美彰朗選手が、京都マラソンを走っている最中に考えたことをあとで書き出してもらい、走っている映像に合わせて朗読で構成したドキュメンタリーだ。1977年の放送で、宇佐美選手は33歳。

腕を振れとか、息を吐けとか、走ることを考えているのはもちろんだが、そのほかにもいろいろなことを思い出したりしているんだなあ。でも、トップランナーでも、考えていることは意外と市民ランナーと変わらないのが面白い。「マイペースで楽しく走れたらいいのに」というのは、現在市民ランナーの指導に情熱を燃やす宇佐美選手ならではだろうか。それとも、基本的に走ることが好きだからこそ、トップランナーなのだろうか。

最後に苦しくなって、「地震が起きて大会が中止になればいい」「交通事故になれば走らずに済む」というのは、トップランナーでもそんなことを考えるのだなあと納得。もっとも、トップランナーだから、そこまで自分を追い込むのかもしれない。

歳を取っても走り続けていることで、「50歳近くなって走り続けている往年の名ランナー山田敬三選手だっているぞ」というのもあった。当時は、50歳で走っているだけで驚きだったのだろう。山田選手は、いまでも各地の市民マラソン大会で走り続けているのだから、すごいとしか言いようがない。

ゴール直後の思いは、「もう走らなくて済む」だった。これも、力を出し切ったときは誰でも感じることじゃないだろうか。ニュースの関係か放送時間がずれていて、ゴール直後に録画が終わってしまったのは、残念だった。

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2004/04/11

TVパソコン

昨年の夏にTVチューナー付きパソコンを買ってから、TVの見方が変わってきた。

まず、録画指定するのが簡単。Gコードをわざわざ調べて入力することもない。自動的にダウンロードされる番組表をクリックして、予約を選択するだけだ。そのため、ニュース番組など以外は、基本的に録画しながら見るようになった。これだと、好きなときに一時停止して、コーヒーを入れたりトイレにいったりしても、追っかけ再生できる。途中で電話がかかってきたり、宅配便が届いても、イライラすることがない。コマーシャルを早送りすれば、すぐに追いつく。コマーシャルを飛ばすために、わざと5分くらい送れて見始めることもある。放送時刻にしばられないのは、本当に都合がいい。

もうひとつ便利なのが、おまかせ録画だ。キーワードを入力しておけば、番組表から勝手に番組を拾い出して録画しておいてくれる。いままで見ることがなかった早朝番組や深夜番組で、意外に面白いものが見つかることがある。ときどき番組検索してみると、意外な番組がひっかかることもある。

モニタは液晶ではなく17インチCRTを使っているので、画質は悪くない。いままで14インチTVしか持っていなかったから、かえって画面が大きくなったくらいだ。これからのTVは、パソコンで見るのが当たり前になってくるのだろうなと思う。

しかし、このおかげで、TVを見る時間が次第に増えてきてしまった。気を付けないと、時刻にしばられない代わりに、時間にしばられそうだ。

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マイペースと言っても…

長野マラソンの様子がNHK教育TVで放映された。日本ではマラソン中継というと、トップランナー中心のエリート大会ばかり。市民ランナーを主役に放映する全国放送としては珍しい番組だ。

人数が多い市民マラソン大会では、全員がスタートラインを越えるのに時間がかかる。5分くらいかけてスタートしていく市民ランナーが延々と映される。みんな、TVカメラに向かって楽しそうに手を振っている。「みなさん、タイムよりも楽しんで走ろうという気持ちなんでしょう。マイペースで走ればいいんですよね」とアナウンサーと解説者。

確かにそのとおり。市民マラソンは、応援に手を振ったりしながら、楽しく走るのがいいんだよね。でも長野マラソンって制限時間が5時間だから、私はマイペースでは走りきれないのだ。

そこそこ体力がある人なら練習すれば5時間で走れるようにはなるみたいだけど、本当に市民主体なら、制限時間は6時間から7時間にしてほしい。

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シーザーサラダ風

以前、テレビでシーザーサラダを作るのに、ジャガイモをわざわざ薄切りにして油で揚げて、加えていた。それで、思ったんだよね。市販のポテトチップを混ぜたら、なぜいけないの?

さっそく試してみた。レタスを適当にちぎって、市販ポテトチップを適当に砕いて、ドレッシングを適当にかけて、これらすべてを、ざっくりと混ぜる。これが、意外においしい。きっと、ポテトチップには塩分が含まれているからだろう。

他の野菜を混ぜてもいいけど、レタスだけでも一皿ぐらい食べられちゃうから、レタスがあまって困ったときにはお勧め。ドレッシングは、イタリアンやサザンアイランドなど、洋風系がいい。和風のドレッシングを使ってみたら、まずかった。

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言葉で伝えると言うこと

言葉でいちばん大切なことは、意味が通じるかどうかだと思う。どんなに美しくても、正しくても、意味が伝わらなければ、それは言葉ではない。

やっかいなことに、正しい言葉を使えば意味が通じるとは限らない。一方的に正しい言葉を使っても、相手が意味を間違って覚えていれば、別の意味にとられてしまう。例え間違った言葉遣いでも、伝えたい相手に、よりうまく伝わるのなら、そのほうがいい。

正しい言葉を知っているのはいいことだが、正しさだけにこだわっていては、人に何かを伝えることはできないと思う。

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2004/04/10

新人ほど名刺に気を配る?

しまった。また名刺を切らしてしまった。

フリーランスでは、名刺を作ってくれる会社はない。自分で用意しなければいけない。重要な営業アイテムということで、最初はかなり気を遣っていた。友だちのデザイナーに頼んでプロにデザインしてもらい、常に切らさないようにしていた。

しかし、仕事はたいてい自宅でやるし、顧客はだいたい決まっている。何ヶ月も1枚も名刺を出さないこともある。そうなると、だんだんとおざなりになってきて、注文するのが面倒になった。最近では、必要に応じてパソコンのプリンタで印刷している。しかも、よく切らしてしまう。

いけないなあと思うのだが、ふと思い出すと、新人の頃に出会ったベテランライターには、何の変哲もない名刺を出す人も、切らしている人も多かった。新人にもらう名刺ほど、こったデザインで工夫をこらしていたみたい。つまりは、新人ほど必死で営業する必要があるというだけか。

もっとも、やっぱり名刺を切らしているのはまずい。取材先に失礼だし、あやしいヤツと思われかねない。切らさないようにだけは、しておかなくては。

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2004/04/08

着物ってお金がかかる

若い頃に、母が揃えてくれた着物が何枚もある。ほとんど着ないまま箪笥のこやしになっていたが、最近気楽に着物を着ている人が多いので、自分も着たいなあと思い出した。幸い、友だちが全8回の無料着付け体験スクールがあると教えてくれたので、通うことにした。

無料体験スクールは、道具や着物を自分で持ってくれば、わずかな教科書代と教室管理費だけ。母がむかし使っていた道具がほとんどそのまま使えるので、私は、あわせて3500円ほどの出費で済んでしまった。

しかし。あるものを着ようという考えは、やはり甘かった。

いざ母が買ってくれていた着物を着てみると、ずいぶんハデである。それもそのはず。母が買ってくれたのは、私が10代から20代初めの頃で、「30代になっても着れるように」と考えて揃えてくれたらしいが、もう、30代はかなり前に通り越してしまっている。せめて、もっと地味な帯を組み合わせないと着れないなあ。

母がむかし着ていた着物もあるはずだけど、サイズが違いすぎて、着物は着られない。帯を借りてくることはできるだろうけど、実は母と趣味が少し違う(というより、世代感覚の違いかも)ので、たぶん、気に入らないだろう。

近所に着物のリサイクルショップがあるので、のぞいてみると、けっこう安いものもある。安くて柄が気に入るものを、買ってきた方がよさそうだ。数千円単位のものでも、そうやって買い始めると、けっこう費用はかかりそう。やっぱり着物ってお金がかかるかも。

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走ると頭がよくなるの?

今日(7日)のNHK『ためしてガッテン』のテーマは「ボケない脳のきたえ方」。

中に、走れば頭がよくなるという話があった。足を使うと脳がきたえられるのかと思ったら、実はそうじゃない。地図でルートを決めて目的地に行き、帰ってからルートを確認するということで、前頭前野がきたえられるという話。

なんだ、走っていると頭がよくなるというわけじゃないのか。でも、地図でルートを考案するのと、帰ってからのルート確認(地図ソフトで距離を測定するため)は、よくやっているぞ。

最近では、同じルートを走ることが多くなっていたけれど、これからは新ルート開拓をもっとやろう。

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2004/04/07

遺体発見現場

お昼のニュースで、江戸川でトランクから遺体が発見されたと報じていた。北小岩という地名にはあまりなじみがなかったが、ニュースの画面を見ると、背景に「小岩菖蒲園」の看板が見える。ジョギングでよく通るあたりらしい。天気もよいので午後に花見がてら走りにでかけたら、つい、やじ馬根性で、江戸川方面に足が向く。

江戸川の対岸から小岩菖蒲園のあたりを眺めると、いつになく多くの車が河川敷に止まっていて、人影が歩き回っている。現場保存エリアの目印なのだろう、黄色いテープがひらひらと風に揺れるのが見えた。川の上には、赤色灯を付けた警備艇も浮かんでいる。

ふと見ると、川のこちら側にも、いつもより人が多い。トランシーバーを持ってうろついている紺の作業服のおじさんたちの背中には、黄色い文字で「警視庁」と書いてある。ちなみに川のこちら側は、千葉県警の所轄である。買い物帰りのおばさん2人が対岸をながめながらひそひそと言葉を交わしているし、サラリーマン風のお兄ちゃんは携帯で写真を撮っていた。やじ馬もけっこういるもんだ。

橋のところまでいくと遠回りだし、さすがにやじ馬根性に気が引けたので、対岸には渡らず、里見公園に抜けて、散り初めの桜を見て帰った。里見公園には、江戸川土手よりもずっとたくさんの人たちが、平和に花見を楽しんでいた。

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「知っている」という自信が危ない

ライターは、すべてのことを知っている必要はない。ライターはライター。どうあがいたって、知識面では、その分野の専門家にかなうはずがない。専門家から話を聞き出して理解し、人にうまく伝えるのがライターの仕事である。

とはいっても、基礎知識は豊富な方がいい。まっさらな状態では、専門家に何を聞いていいのかもわからないだろう。一般の人が見過ごしてしまうようなことを質問し、奥深い話を聞き出してこそライターだ。そこで、ライターの得意分野が生まれてくる。スポーツライターだとか、ファッションライターという人は、その分野の情報をいつも追っかけているので、取材をしても話の引き出しどころが違うというわけだ。

専門分野を持つライターは強い。これはよく言われることなので、「私は○○が得意です」と言ってくるライター志望者は多い。ところがよく話を聞いてみると、たいていは全然詳しくない。「自分はテレビで歴史番組を見ているから歴史には自信があります」といってきた人がいた。それは「歴史に興味がある」レベルの話。歴史番組くらい私だって見てるよ。歴史番組を見て感心するのではなく、「このテーマなら、もっとこういうところを取り上げたらいいのに」といった意見が出てきてこそ「詳しい」と言えるのだ。

自分が「知っている」と思っていることは、実はたいして知らないことが多い。奥深さを知らないから、周囲の人よりもちょっと詳しい程度で、自分は知っていると、つい誤解してしまうのだ。この失敗は、私もさんざんやった。

表面だけではなく、奥の方をのぞき見ている分野こそ、「自分などまだまだ」という意識が働く。自分が自信がない分野を見直してみたほうがいいかもよ。

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閑話

パンにブルーベリージャムを塗ろうと思って、冷蔵庫から瓶を出しておいた。いざ塗ろうと思って、よく見たら、豆板醤の瓶だった。塗る前に気がついてよかった…。

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ライターはへそまがり

「あんたは、へそまがりだ」とよく言われる。確かに、他人が何か言うと、「それはそうだね。でもね」と、無意識に違う回答を探す自分に気がつく。何か他人と違うことを言って、「ほぉ~」と言わせたいのだ。こういうのって、イヤな性格かなあ。人によっては、好かれないのは確かだ。ただ、そういう性格を嫌いな人って、実は自分の意見が常に通らないと気に入らない人なんだよね。つまり、お山の大将はへそまがりを嫌うのだ(笑)。

へそまがりといっても、何でもいいから変わったことを言えば感心してもらえると思うほど、愚かではないつもり。他人と違ったことを言うにしても、それなりに説得力があることを言わなきゃいけない。でなければ、誰にも振り向いてもらえない。

そういう性格って、私がライターであるためには、不可欠かもしれない。

ひとくちにライターといってもいろんな人がいる。高度な文章技術を売りにしている人もいれば、みずみずしい感性を売りにしている人もいるだろう。でも私は凡人なので、プロとしてやっていけるほどの芸術的センスはない。

説得力があるへそまがりになるためには、人が知らないことを知っていなきゃいけないし、常に他人が考えないようなことを考え出さなきゃいけない。これは、面白いネタを生み出すためのきびしい訓練になるのだ。ネットという「本当に詳しい人」がいつ現れるかわからない環境でのへそまがりは、知識や思考力に磨きをかけてくれたと思う。

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2004/04/05

「食う」はイケナイ言葉?

あるSOHO掲示板で、イラストレーターのひよこさんの質問に回答した。その中で、「イラストで食っていくのは大変だと思いますが、がんばってくださいね」と書いたら、他のメンバーから非難の嵐が。「あなたは女性でしょう。『食う』なんて乱暴な言葉を使うなんてとんでもない!」というわけだ。

はぁ~、「食う」ってそんなに汚い言葉なの?

「イラストで生活する」では堅くなるから、ざっくばらんに「食う」って書いたんですよというと、「食べていく」と書けばいいでしょうとのこと。一瞬なるほどと思ったものの、「イラストで食べていく」って、なんとなく気持ち悪い。

そこで、ちょっと調べてみた。「食う」はもともと普通の言葉で、乱暴な意味はなかった。それは、「食う」という言葉の派生語の多さからも証明できる。そもそも「お食い初め」が乱暴な言葉のはずがない。

できるだけていねいな言葉を使おうという風潮から、戦前戦後にかけて、ものを食べる意味では「食べる」と言い換えられることが増えてきた。しかし、言葉にうるさい識者からは、「派生的な意味の『食う』まで『食べる』に言い換えるのは、日本語の乱れだ」という指摘が出続けている。まあ、「道草を食べる」とか「人を食べる」とか言われると、怖いよね。

というわけで、「生活する」という派生的な意味では、「食べる」は本当は間違い。「食う」の方が正しい日本語なのだ。

ただ、言葉は、時代とともに変わっていく。大多数の人が「イラストで食っていく」という表現を乱暴だと感じるのなら、使わないほうがいいのかもしれない。

世間一般の感覚が本当はどうなのか、自信がなかったので、知り合いの編集者やライターに片端からきいてみた。結果的に「食う」を否定した人は、1人もいなかった。

編集者やライターが常に正しい日本語を使っているとは限らない。しかし、彼らは大勢の読者に通用する文章を書くプロである。その人たちが悪くないいうのだから、いまの常識として、それほど乱暴ではないのだろう。

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ディスクトップはやめてくれ

ネットで見ていると、ときどき「ディスクトップパソコン」と書く人がいる。

もちろん、デスクトップの誤りだ。デスクトップとは、desk top、つまり机の上という意味。ディスクトップでは、disk top、円盤の上になってしまう。

--余談だが、むかしはラップトップパソコンというのがあった。膝の上に載せられるポータブルパソコンという意味だが、本当は5kg以上したので、乗せ続けていると膝がこわれそうだった。

ディスクトップというのは、フロッピーディスクなどから連想した言い間違いだろう。まあ、つい勘違えて覚えてしまうことってあるよね。

ただ、ライター志望者が、堂々とそんな言葉を書くのは勘弁して欲しい。言葉に敏感になってよね。

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自己アピールと自己PR

一応プロのライターなので、自分のサイトでライター志望者のためのアドバイスをしている。自分が人にアドバイスできるほどのものかどうかはあまり自信がないのだけれど、その話はちょっと置いておいて。

希望者には課題をメールで送ってもらってアドバイスをしているわけだけど、その課題の1つが、自己アピール。でも、不思議なことに、半分以上の人が、「自己PR」と書いてくるのだ。

gooの国語辞典(三省堂提供「大辞林 第二版」)で意味を調べてみよう。

アピール
(1)世論に訴えること。人々に呼びかけること。呼びかけ。
「平和への―」
(2)受け取る側の心を打つこと。
「この本には読者に強く―するものがある」
(3)訴えかける力をもつこと。魅力があること。
「セックス-―」
(4)運動競技で、選手が審判に判定についての不服を申し立てること。

ピーアール
(1)会社が商品などについて、また官公庁や各種団体がその事業内容や施策などについて、人々に理解してもらうために広く知らせること。
(2)売りこみ。宣伝。

似たような意味だけど、ちょっと違うのね。課題は「自己宣伝」の意味だから、本来は自己PRのほうが正しいのかもしれない。でも、強烈に訴えかけるものを出して欲しかったので、私の感覚ではやはり「アピール」だ。

意味が間違っていないとしても、そもそも課題に「アピール」と書かれているのを、勝手にPRに変えられるのはねえ。まさか、「アピール」という言葉を知らないから、私が間違っていると思い込んでそれとなく書き換えたってことはないよね(笑)。ライターを目指すのだったら、もう少し言葉に敏感になって欲しい。

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2004/04/04

セロリの葉の佃煮

最初は、ふきの葉の佃煮だったのだ。

らでぃっしゅぼーやでふきが届いたときに、調理方法を調べたら、葉も佃煮にすると食べられることを知った。さっそくやってみたら、これが、思った以上においしい。ふきの強い香りが活きて、ご飯にピッタリだ。

すぐに食べてしまったが、ふきなどそうそう手に入るものじゃない。残念だなあと思っていたら、次に届いたのがセロリだった。セロリの葉というのも、けっこうやっかいだ。以前はスープに入れたりしていたが、そうたくさん食べられるものじゃない。最近では捨ててしまうことが多かったのだが、ふと考えた。香りが強い野菜というなら、ふきとセロリって似たようなもんじゃない?

そこで、セロリの葉の佃煮だ。

セロリの葉は、適当に洗って細かく刻む。砂糖、みりん、醤油でよく炒めたところで、最後に良質のかつおぶしをさっとからめておしまい。

これは、いけるよ。ご飯にも、お酒のつまみにも、冷や奴にかけてもいい。

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Qちゃん、ウルトラの星になれ!

高橋尚子選手が、今日、吉川なまずの里マラソンに元気な姿を見せた。肩の力が抜けたようなQちゃんスマイル。さすがプロだなあ。でも、5kmでは走り足りなかったのでは?

アテネ代表からもれたQちゃんの今後が気になるところだけれど、私は、ウルトラマラソン(100kmなど42.195km以上を走る)や山岳マラソンでの活躍を期待する。

もともとQちゃんは、スピードランナーというよりも、暑さやアップダウンに強いタフなコースが得意だと聞いている。最近の女子マラソンのスピード競争に連なって、フルマラソンの世界最高記録をねらうことは、苦しいのじゃないだろうか。それよりも、暑い時期にアップダウンのある長距離を走るウルトラマラソンのほうが向いているのじゃないかなあ。

競技としてはまだまだ注目度が低いウルトラの世界だが、だからこそ、広告塔になることもできる。スパルタスロンでアテネへ行こう!

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綿柿ってなんだ?

パソコン通信時代には、いろんなところでいろんなことを書いていた。自分でただ好きなことを書き散らすよりも、大勢の人に呼んでもらって対話するのがいい。人の目にさらされてこそ、意見も情報も磨かれ、集約されていくから。

しかし、インターネットの掲示板というのは、自分がやりたいコミュニケーションできるところが、案外少ない。まじめなところはテーマが限定されてしまうし、匿名をいいことに、悪口雑言しほうだいというのはくだらない。

それで、わたしが書きたいことを書ける場所を作ろうと、以前から思っていた。だけど、私はタイトルやキャッチフレーズを作るのは苦手だ。どんなサイト名にしようと考えたあげくに、「わたしが書きたいことを書くのだから、『ワタカキ』にしよう」と友だちに話したら、大笑いされた。あまりにも安易だというのだ。確かに、安易かもしれないれど、そんなにヘンかなあ。後世に残った古典のタイトルなど、案外安易なものが多い。変にひねるとかえって見苦しい。

というわけで、笑われたので、意地でも「ワタカキ」だ。ただ、表記は少しひねって漢字にしてみた。「なんだ?」と思わせるには、けっこういいネーミングだと自分では思う。

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