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2004/04/15

怒りの表現が必要なこともある

あるライター志望者が、仕事を紹介してくれないかとメールで相談を持ちかけてきたことがある。多少知っている人だったし、実力は多少ある人なので、それなりに考えてアドバイスしたのだけれど、何だかおかしい。ライターになりたいと言っておきながら、なんとなく真剣ではないようなのだ。

それをそれとなく指摘すると、実は本心はライターではなく、カメラマンになりたいという。とりあえずフリーでやっていくためにはライターの仕事がほしいと思ったが、最終目的はカメラマンだと私に言ったら相手にされないかもしれないので、ライターになりたいと偽ったのだそうだ。

それは、まだいい。付け加えて書いてきた言葉がひどかった。「あなたの書き方で、自分はいやな思いをしました。メールは顔が見えないから、気を付けるべきです。お互い気を付けましょう(^^)」だって。

バカヤロウ。それしか言いようがない。

「あなたは、人にものを頼んでいる立場だ。こちらは、自分にとって何のメリットもないのに、相談にのってあげている。それを、自分の都合で嘘をついたのは、あなた。私はそれを感じたから、それとなく不快感を表現しただけだ。不快感を表現したのだから、いやな感じがして当たり前だろう。自分の不快感を主張する前に、自分が相手に不快感を与えているということを、感じるべきだ。フェイスマークなどでごまかせると思う方がどうかしている」。こんなことを書いてやりたかったが、ばかばかしいので、無視して返答しなかった。

いろいろな人がいれば、考え方の違いはある。不快な行為には不快感を、怒ったときには怒りを表現するのがコミュニケーションだろう。最初からケンカを売ったり、相手の人格まで否定するのはよくないが、自分の気持ちはきちんと伝える必要がある。いつも気持ちを押し殺していたのでは、気持ちが通じあうことはない。

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