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2004/05/28

逆効果の顔マーク

顔マークは、文章だけでは無味乾燥なので、気持ちを伝えるために使われるという。

確かに、親しい人からのメールでは、顔マークは気分をやわらげてくれる。でも、それほど親しくない相手からのメールでは、バカにされているような気がして、かえってイライラすることが多い。うまく意思疎通できていないときは、特にそうだ。逆効果だ。

これって距離感の問題かも知れない。親しい人と身体が触れるのは気持ちがいいが、赤の他人に触られると、気持ち悪い。

では、掲示板などではどうだろう。趣味の掲示板などでは、顔マークに対する抵抗は低い。共通の場に参加する仲間意識が、距離感を縮めてくれるのだろう。リアル社会でも、スポーツ観戦で盛り上がれば、赤の他人同士が抱き合って喜ぶことはある。

ともあれ、仕事のメールでは距離感を測って欲しいものだ。私はネット歴が長いから顔マークに違和感はないはずだけど、仕事のメールでいきなり顔マークが飛び出すと、どうもしっくりこない。

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2004/05/26

時間管理能力よりも気力

SOHOで成功するには、時間管理能力がどうのこうのとよく言われるけれど、それはたいしたことはないと思う。何かをしながら何かをするとか、合間合間に何かをするとか、そんなノウハウは、本気になれば、誰だって思いつくだろう。

問題は、気力。精神エネルギー。集中力。

私は、全体的な精神エネルギーは少ないほうだ。ナマケモノである。バリバリ動き回る起業家などには、圧倒されてしまって、どちらかというと苦手だ。でも、何かにのめり込んだりしたときの集中力は強い。がんばっているつもりはないのに、気が付いたら、いろんなことを調べ上げていたりする。つまり、オタク力ってことかな。

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2004/05/24

半分と2倍の法則

ひとり暮らしで自炊をしようとすると、いろいろと困ることがある。1人前だけ作るのはめんどうだし、煮物などはまとめて作らないとおいしくならない。材料はたいてい4人分くらいの単位で売っていて、野菜などを買うと余ってしまう。

そこで、試行錯誤したあげくに落ちついたのが、半分と2倍の法則だ。材料は、だいたい半分ずつ使う。ほうれん草を1束買ったら、半分ずつ料理する。豆腐は1丁の半分を冷や奴で食べて、残りは翌日湯豆腐にする。パック肉は半分使ったら、残りは冷凍して別の日に使うという具合。

また、料理はたいてい2人前ずつ作って、2回に分けて食べる。どんな料理でも、だいたいは1日2日は持つものだし、2回くらい続けて食べても飽きることはない。

ただし、カレーやシチューのたぐいだけは、4~5皿分を作る。2回食べたら、あとの2回分は、じゃがいもだけのぞいて冷凍保存すればいいのだ。

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2004/05/23

ライターは源泉徴収される

サラリーマンが自分たちは損だと思う理由の1つに、自分たちは所得がきっちり把握されて源泉徴収されているけど、自営業者は自己申告だというのがあるだろう。自己申告なら、適当に所得を隠すこともできるじゃないかというわけだ。

でも、自営業者にもかかわらず、ほとんどの所得を把握されてしまっている職業がある。ライター、作家、イラストレーターなど、原稿料が主な所得になっている人たちだ。

個人に支払われる原稿料は、一律10%を源泉徴収される。1度の支払額が100万円を越えると、越えた分については20%だ。どんな仕事をしたって、経費は使う。最低所得税率は10%。ということは、税率が10%を越えない限り、経費分はいつも取られすぎ。

何千万円も売り上げがあるライターならともかく、数百万円程度だと、毎年確定申告で何十万円もの返還がある。こんな制度おかしいよね~。

ということで、ライターになりたい人は、税制面ではすごく不利な職業なのだと覚悟しておこう。何千万も稼ぐようになって、会社組織にすれば得だけど…。

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雇用所得控除の矛盾

サラリーマンには、「自営業者と違って経費が認められない」という意識が強い。でも、サラリーマンには雇用所得控除という制度がある。給与所得でさえあれば、所得から一定の額を経費とみなして控除してもらえるのだ。

雇用所得控除の最低額は、65万円。年収何百万円のサラリーマンなら、通常100万円以上は控除されている。だけど、いまの日本でサラリーマンとして働いて、年間100万円も自腹を切っている人がどれだけいるだろうか。ほとんど会社が出してくれているはずだ。

では、なぜ「サラリーマンは損」という話が出てくるのだろう。それは、会社組織の個人事業者が得をしているからだ。会社組織で社長報酬を雇用所得として受け取れば、雇用所得控除が使える。経費はすべて会社持ちで、所得からさらに控除される。こんなおかしな話はない。

けっきょく、税制面で損をしているのは、私のような会社組織でないフリーランスだけ。サラリーマンの得の延長に、会社組織の個人事業者の大得がある。サラリーマンさんたち、自分に不利な部分に目をつぶらず、大得を許さない税制改革をしてみる勇気を持ってみない?

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確定申告の誤解

先にすれちがいの話で税金のことを持ち出したけど、税金の話では、もっとひどい勘違いがある。以前、仲間と旅行したとき、会計をしてくれた人が、私のためにホテルから領収書をもらってくれた。私が自営業者だから、領収書が欲しいだろうというのだ。いらないと断ると、「せっかく頼んで書いてもらったのに」とご機嫌ななめな様子。全部説明するのもやっかいなのでその場は一応受け取ったが、もちろん使わずに捨ててしまった。いらない領収書を書かされたホテルの人こそいい迷惑だ。

確定申告で経費として申告できるかどうかは、その出費が仕事に必要だったかどうかできまる。一介のライターが地方のホテルの領収書を、どんな経費として申告すればいいのだろうか。もし取材旅行だとしたら、交通費だって経費にしなければならないし、何の仕事で取材したのか説明できないといけない。ウソでウソを塗り固めることになり、そんなことできるわけないのだ。

実を言うと、私のような弱小業者は税務署の調査を受けることは、めったにない。自己申告がほとんどそのまま通ってしまうので、あやしげな申告でも、通らないこともない。ただ、その場合は、領収書さえ必要ない。領収書は保存の義務はあるが、確定申告のときに1枚ずつ見せる必要などないのだ。

日本の社会には、「自営業者は領収書を欲しがる」という変な誤解があるようだ。確かに、中にはそういう人もいる。同窓会で領収書を持ち帰る自営業者の話は、よく聞く。でも、そういう場合って、接待交際費などに使って不自然にならない業種の人が、不自然でない地域で不自然でない金額のはず。領収書さえあれば、何でも役に立つというものじゃないのだ。

それに、気楽な親切心で脱税の幇助なんてしないほうがいいと思うよ。

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2004/05/19

苺入りフルーツ白くま

セブンイレブンで買ったアイスキャンデー。昔ながらのミルク味に、イチゴ、ミカン、パイナップルなどが入っている。原材料名を見たら、洋酒も入っている。すごく変わった味というのではないのだけれど、何かうまい。ちょっと、やみつきになるかも。

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これって、強情なの?

ネットで議論していると、「あなたは自分が常に正しいと思っているだろう。けしからん」と言われることがある。実は素直な性格なので、「あれ、そうかなあ」と思うのだけれど、よく考えるとこれはヘンである。

公開の場で意見を主張するのだから、それなりに根拠があることを主張している。だから、反対意見が出たからと言って、自説を簡単にひっこめるはずかない。誰かにちょっと反対されただけで、すぐにすみませんと引っ込めてしまうことができるほどいかげんなことを主張するほうが、無責任ではないだろうか。

実際、専門家から専門知識を元に違う意見を言われたり、指摘を受けて辞書などを調べた結果、自分の勘違いがわかったりしたときには、自説を強弁したりはしない。恥ずかしいだけだもの。私が自説をまげないのは、相手がそれなりの論拠を示せていないというだけのことなのだ。

正しいことを正しいと言って悪いはずがない。「自分が常に正しいと思っているだろう」と言うのは、実は「あなたは間違っているのに強情で自説をまげない」という意味だ。だけど、それを主張する人は、どうやって私が間違っていると判断したのだろうか。

「自分が常に正しいと思っているだろう」というのは、実は、それを言っている当人が、自分が常に正しいと思っているだけのことなのだ。自分が正しいから、自分に反対する人は、みんなただの強情ものだということにしたいわけ。

人間だから、自分が正しいほうがうれしいに決まっている。でも、自分が常に正しいと信じている限り、新しい知識は入ってこない。そんなのつまんないよ。意見が食い違ったら、きちんと議論しよう。情報や論理を見比べて、それでも意見が違うのなら、それはそれでいい。議論をしないで相手が間違っているのに意見を変えないと非難するなんて、恥ずかしいよね。

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2004/05/17

行間を読まなくていいの?

文章の解釈とはむずかしい。ネットでは、文章を読んで相手が怒っていると思い込むと、特に感情を込めずに事務的に書いただけだったり、冗談っぽく書いてあるのが、本当は怒りにまかせた皮肉だったということがある。そこで、「ネットでは行間を読むな。書いてある通りに解釈しろ」とよく言われる。

しかし、行間を読まずにコミュニケーションが成立することなど、実際にはありえないだろう。すごく怒っていても、いい大人なら、怒りをそのままぶつけることはない。ただ、それとなく相手の無礼を指摘したり、婉曲に怒りを表現することはあるはずだ。また、本人が感情を押し隠したつもりでも、読む人が読めば、感情はにじみ出ているものだ。

真にコミュニケーションをしたいのであれば、行間を読まないのではなく、できるだけ正しく行間を読み取ろうとする訓練が必要だ。むしろ、行間を読むべきなのだ。

ただし、自分の解釈を絶対的なものだと思い込まないことと、固定概念を捨てることは必要だ。どんな達人でも、100%正確に行間を読み切れたりはしない。

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2004/05/16

ふきの炊き込みご飯

金曜日に届いたふきで、きょうは炊き込みご飯を作ることにした。いつもは1合ずつしか炊かないけれど、炊き込みご飯なら1回に食べる量が多いし、まとめて炊いた方がおいしいから、3合にしよう。そう思って炊飯器に米を入れて、水分量をあわせようとしたら…3合だきの炊飯器なのに、玄米は2合までしかマークがなかった。これって、ひょっとして2合以上は炊くなってこと?

うちには玄米しかないのだ。しかも、すでに3合を水に浸けてしまっている。あきらめて、圧力鍋で炊くことにした。よく考えると、6時半になってから炊飯器で3合の玄米を炊けば、8時を過ぎてしまう。圧力鍋なら、沸騰してから40分だものね。

玄米3合。水、適当。市販の濃縮だし汁、適当。あぶらげの細切れ、適当。鶏もも肉の細切れ、適当。下煮したふきの細切れ、適当。適当に混ぜ合わせて圧力鍋をセットし、沸騰して40分。自然冷却。

まったく適当なレシピだが、久しぶりに圧力鍋で炊いた玄米炊き込みご飯は、おいしかった。ちょっと固めだが、ほどよいおこげの香りがいい。今度から3合炊くときは、圧力鍋にしよう。

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2004/05/14

会社まかせの税と社会保障

国会議員の年金未加入問題。義務化されたあと、勘違いで未加入だったというのは恥ずかしいことだが、それほどとやかくいうことではないと思う。これだけ未加入者が出てくるということは、当人の資質よりも、社会全体に問題がある。

年金、国民健康保険、介護保険、所得税。どれも大切な問題だけど、どういう制度になっているのか、社会人でろくに知らない人が多い。制度が複雑だからわかりにくいというのはある。でも、それ以前に、関心を持たないことや知らないことが、社会で容認されているというか、それが常識になってしまっている。

学校で、税金や年金の話を習ったことがない。高校卒業時に、テーブルマナーなんか教える前に、社会人としての税金や社会保障制度のことを教える必要があるのじゃないか。

サラリーマンの多くは、給料といえば手取額のことしか考えず、自分の年収や所得税、社会保障のかけ金をどの程度払っているのか、まったく関心がない人が多い。社会人なら、もう少し関心を持ってもいいのじゃないだろうか。

税理士にまかせていたから国民年金に加入していなかったなんて、あきれてしまう。税理士の仕事は、税務処理だろう。社会保障は自分で加入するもの。税理士には、控除される支払額を伝えるだけでいいはずなのだ。税理士が年金の加入手続きをしてくれるはずがない。

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ふきの葉の佃煮

以前、セロリの葉の佃煮について書いたけど、そのもとになったふきが、また届いた。ふきの葉の佃煮のレシピは、こちら。さすがにふきは、あく抜きが大変だ。でも、前回作っておいしかったので、また作ってしまおう。どうせ本体のふきのあく抜きが必要だもんね。

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2004/05/11

自己アピールのコツ

来年の新入社員面接をやった友だちが、「みんな自己アピールが下手だなあ」と話してくれた。自己アピールなんだから、自分のいいことを言わなきゃいけないのに、自分はこれはダメ、あれはダメと、悪いことばかりいうというのだ。確かに、それじゃあアピールにならない。

ただ、ライター志望者やSOHO志望者の自己アピールを見ると、「なんでもできます」というのがけっこう多い。これも自己アピールとしては、失敗だ。

「なんでもできます」と言っても、実際になんでもできる人間などいない。ただ優秀に見せようとするのではなく、特徴を明らかにすることが必要だ。それも相手が望んでいるような、長所になりそうな特徴を強調し、キャラクター(個性)を印象づけるべきだろう。

そのために、私は「こういうのは苦手なんですよね」という話をすることはよくある。例えばパソコンの自作は面倒だからやらないというのは、趣味的なパソコンいじりではなく、実用的なパソコン活用術の記事を求めている編集者にとっては、プラスイメージになるはずだ。

もっとも、「苦手」をどこまで言ってもいいのかは、むずかしい。失敗はあるが、実績があるので目をつぶってもらっているというのが本当のところだろう。

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性格なんて変えられない

「性格を変えたい」という話をよく聞く。でも、性格なんてそんなに簡単に変えられるはずがない。それまでの遺伝子やさまざまな体験が性格を形作っているのだから。

性格を変えることはできなくても、いい面が現れるようにすることはできる。性格にあった仕事を選んだり、気の合う仲間とつきあうという手もあるが、手っ取り早いのは、考え方を変えることだ。「自分の性格のこういうところが悪い」とうじうじ悩むのをやめ、「こういう性格だから私は得している」と思えばいいのだ。そもそも人間の性格に、いいも悪いもない。考えすぎる人は思慮深いと言えるし、無鉄砲は大胆ともいえる。特徴をつかんで生かせばいいだけだ。

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2004/05/08

「こんにちは」か「おはよう」か

パソコン通信をはじめてから、挨拶は「こんにちは」で統一している。もともと挨拶の時間帯にはあまりこだわりがなかったし、こちらが投稿するのが朝でも、相手が読むのは夜かもしれない。その逆もある。だいたい、手紙に「おはようと」か「こんばんは」は書かないだろう。

しかし、1日中「こんにちは」では気持ち悪く思う人は多いらしい。朝の投稿に「おはよう」、夜の投稿に「こんばんは」はかまわないが、「こん**は」なんていうのが出てくると、私はそっちのほうが気持ち悪い。声に出して読めない、どっちつかずの言葉がいやなのだ。それに、正規表現で「こんにちは」と「こんばんは」を共通に表すのなら、「こん*は」か「こん??は」が正しい。「こん**は」なんて表現は考えられないのだ。どうせなら、「こん○○は」にしてもらったほうが、日本語らしい。

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2004/05/07

こんな言葉のすれ違いも

言葉のすれ違いをもうひとつ。

数人で飲み食いをしたときに、自営業者だというと領収書をくれようとする人が多い。領収書があれば、税金対策になると思っているのだ。とんでもない誤解である。顧客の接待をするような仕事ならともかく、一介のライターが、仕事で何人もの飲食の負担をすることなど、通常では考えられない。そんな経費は申告できないし、そもそもそれは脱税行為だ。節税ならいくらでもやるけど、不正行為をするつもりはない。

あるとき、むりやり領収書をくれようとした人がいたので、「いやあ、実はこの前、○○さん(仲間内の税理士)に、『悪いことしたらおたくの管轄税務署に密告するからね』と言われちゃったんですよ。だからいりません」と笑って断った。すると、それを聞いていた別の仲間がいわく、「○○さんって、そういう人なんだよね。気にしないほうがいいよ」。

おーい。それは違うだろう。

○○さんにそういう意味のことを言われたのは事実だけど、もちろんそれは冗談だ。私は自分は仕事上の経費でもない領収書を集めたりはしない。そんな不正行為はしたくないと本来は言いたいのだが、親切心で言ってくれているのに、ストレートに断ると角が立つ。だから第三者を引き合いに出し、それが不正行為であることを思い出させ、冗談っぽく断ったのだ。どうして、そういう解釈になるのかなあ。婉曲に表現するって、むずかしい。

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それは意味が違うでしょう

こんなすれ違いを見た。

ある掲示板で、「うっかり別の掲示板に書いて、しかられちゃいました。改めてこちらで質問します」という発言に、「私はあちらの掲示板も見ていましたが、○○さんは、とても親切にコメントしていたじゃないですか。しかられたなんていうのは失礼ですよ」というコメントが。

おーい。それは違うだろう。「しかられてしまった」というのは、○○さんに対する非難ではない。「自分が間違っちゃいました。悪いのは私です」という謙遜に、多少のはにかみを込めて冗談っぽく言っただけのことだ。

おおげさに自己反省してみせるという思いやりが、コメントした人への非難と受け取られてはたまらない。でも、この手のすれ違いは、けっこうよく見かけるんだよね。

裏の意味を理解できずに、言葉をストレートに取りすぎるのだろう。地方や世代によるコミュニケーション文化の違いかなあ。コミュニケーションの訓練不足で言葉の感性がにぶっているのだとしたら、とても悲しい。

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2004/05/06

正直な検索エンジン

個人ホームページを移動したので、Yahoo!やGoogleに変更を申告しておいた。Yahoo!はすぐ変えてくれたが、Googleでは、いつまで経っても「梅方久仁子」で検索しても出てこない。「このサイトは移動しました」と掲載された古いページが出てきてしまう。

おかしいなあ。さっきよく見たら、下位ページは新しいアドレスでヒットしていることに気が付いた。しまった! トップページのどこにも「梅方久仁子」という名前が入っていなかったのだ。

最初に作ったときは入れてあったので、ページを更新して消えてしまったあとでも、Googleでは「梅方久仁子」がキーワードになっていたようだ。ところが新しいアドレスには入っていなかったのでキーワードとしては拾わず、名前が入っている下位ページだけを拾っていたらしい。

よく見ると、何のページかわからなくなっている。少しずつ変更している間に、あいまいになってしまったようだ。さっそくトップページに名前を付け加えておこう。

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心がこもっていりゃいいってものじゃない

人間が生きていくうえでよく言われる教えというものがある。それぞれ、一理も二理もあるし、納得できることだけど、いつでもそれを振り回していればいいというものじゃない。

「贈り物は心がこもっているのが大切」というのも、そのひとつ。これは、真剣に心をこめて、もらったほうがそれを感じられて、はじめて意味がある。けっして、もらって迷惑になるようなものを贈られても、ありがたく受け取れという意味ではないはずだ。

うれしくないのに、ニコニコ喜んだふりをして、また同じようなものをもらって、、、それが延々と続いたとしたら、すごいすれ違いだ。仕事上の付き合いならともかく、本当に親しい人とそんなことをやっているのは、かえっておかしくないだろうか。

そもそも心をこめて贈るのならば、相手が本当に喜ぶものを真剣に探そうとするはずだ。それが感じられれば、たいしたものではなくても、もらったほうはうれしくなる。「こういうの実は好きじゃないのよ」と言われて、がっかりするならともかく怒ったりするのは、実はたいして心をこめていなかったということだろう。「贈り物をそまつにするのか」と相手をなじる前に、どうやって心をこめるべきか、もっと考えたほうがいい。

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豚丼風(北海道)

昨年、北海道で豚丼を食べて、想像以上のおいしさにびっくりした。自宅でも作るようになったが、本場の味は出せないので、あくまで豚丼風。

しょうが焼き用の5mmくらいの厚さの豚肉を、市販のしょうが焼きのたれで焼いて、あつあつのご飯に乗せる。それだけ。でも、おいしいんだよ~。気分によってタマネギなどを入れることもあるけど、野菜はおしんこやみそ汁で別に食べた方がいいみたい。

今年、また北海道に行くので、ぜひまた本場の豚丼を食べてみたい。

ちなみに、アメリカからの牛肉輸入禁止で吉野屋が出すようになった豚丼は、従来の牛丼と同じように出汁で煮るタイプで、まったく異なるもの。全国チェーンが豚丼という名前で別物をだしてしまったので、豚丼発祥の地・帯広あたりでは、脅威に感じているそうだ。

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何のために雑誌を作るのか

昨夜のNHK『その時歴史が動いた』で、日本で童謡ができあがるまで、という話をやっていた。作家の鈴木三重吉が、長女の誕生をきっかけに、子どもたちに芸術を届けたいと思う一心で、子どものための雑誌『赤い鳥』を創刊する。出版というのは、もともとそういうものだったのだなあと思った。

出版業界で仕事をしていると、いつのまにか「どうやって売れる本を作るか」ばかりを考えてしまっている。もちろん、商売としてやる以上、売れないものを作るわけにはいかない。なんらかの形で収益をあげないと、続けてはいけない。

ただ、出版物は誰かのために提供するのだということを、忘れないでおきたい。面白そうな企画で売れたけど、途中で投げ捨てられるようなものは作りたくないのだ。

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2004/05/04

TV『御宿かわせみ』

NHK金曜時代劇、午後9時15分からの『御宿かわせみ』。

前シリーズは、原作とあまりにイメージが違いすぎてびっくりしたけど、それなりにドラマとして仕立てようとしているのが、だんだんわかってきた。原作をネタにして別のドラマを作っていると思えばいいのだろう。ただ、ここ数作は、ちょっと作りがあらいような気がする。ひねるのはいいけど、もっと面白さを引き出すようにしてくれないと、意味がない。

ちなみに、80年代にNHKで放映されたシリーズをDVDで見た。こちらは原作に忠実だけど、工夫は足りないかもしれない。最初はいいなと思ったが、何作も見ていたら飽きてきた。もっとも、私が原作を知り尽くしているからかも。

今度のシリーズでは、来週から天野宗太郎も登場するようで、楽しみだ。なにしろ、いまの原作では、宗太郎を抜きは考えられない。ちょっと便利に使いすぎている気がするけどね。

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TV『銭形平次』

月曜夜7時からのTV朝日の『銭形平次』。いまごろ銭形平次かよ~。最初はがんばって作りすぎたのが、筋がガタガタ。つまんないなあと思ったが、だんだん人情を描いた昔風時代劇のいい雰囲気がでてきた。特に、3日放映の一番弟子が大工として自信を取り戻していくところは、お定まりの展開だけど、よくできていた。この調子で、ていねいに作ってほしい。

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2004/05/01

気持ちがなえるとき

8回までの無料着付け教室に4回まで通ったところで、上級コースの申込書を渡された。まだ迷っている人や参加できない人も、「考え中」などのコメントを付けていいから、ともかく全員出せと言う。コメントを付けていいからと言っても、「申込書」を出せというのは、おかしかないか?

第4回が終わった時点では、もう少し習ってみたいなあという気持ちはあった。ただ、水曜日の夜というこれまでの時間帯は、無理だ。ほとんど参加していないが、水曜日は午前中にニッポンランナーズの練習会がある。行ける時間帯が水曜日しか空いていなかったので、8回くらいならと、無理矢理申し込んだのだ。また、本当はもっと自宅の近くに教室がある。そちらは締め切っていたので遠い教室に申し込んだのだから、できれば上級コースは自宅の近くで入りたいと思っていた。

ところが、講師に相談しても、「そういうのはちょっと…」というだけである。水曜日の夜は無理だというと、日曜日の午前ならどうだという。冗談じゃない。日曜日は、ランニング大会の参加でほとんど予定が埋まっている。他の時間帯や他の教室の話を持ち出したら、拒否はしない代わりに何の反応もなかった。

どうやら、自分の担当するコース以外は、関係ないというつもりらしい。生徒の数が、収入に直結しているのだろう。それは、わかる。だけど、本当に生徒のことを考えれば、他の講師や教室を紹介するくらいしてもいいんじゃないの? 直接得にならなくても、人に紹介すれば、他からも紹介がくる。「あの先生は親身になって面倒みてくれる」という評判がたてば、友人を紹介してくれる人もでてくるだろう。商売の基本である。

自分のコース以外はしらんぷりよという態度では、いくら「上級コースでは、もっと面白いことを習えますよ」と言われても、まったく実感はないのである。私が本当に着付けを習い続けるかどうかには関心がなく、自分の生徒にできるかどうかだけを問題にしているのが、見え見えなのだもの。

こういうときって、気持ちがなえる。ちょうど、第5回までで飽きてきたところだったので、いっきに続ける意欲を失ってしまった。それでも、残りの3回を行こうと思っていたが、第6回は仕事が長引いた。無理に行けないことはなかったが、疲れてしまったのでとりやめた。第7回は、高熱を出して着付けどころじゃなかった。第8回は行けないことはなかったが、ここまで休むともう行く気になれない。こうして、私の着付け体験は、ずるずると終わった。

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着付けは、習うより慣れろ

母が買っておいてくれた着物を着てみたいよねと思っていたら、友だちが、無料着付け体験教室を紹介してくれた。なぜ無料なのか、何か強力に勧誘されるのではと思ったが、ものは試しだ。全8回をいうのを通ってみることにした。

第1回は、長襦袢を着るところまで。第2回は、着物を着るところまで。第3回は、改良型の枕を使ってお太鼓を結ぶまで。先生はさすがにぴしっと着物を着ているし、人当たり良く親切だけど、どうも教え方は上手いと言えない。「こうして、ああして、こうするんです」で終わり。うまくいかずに質問すると、「こうすればいいんです」とちゃっちゃとやってくれるのだが、あとで自分でやろうと思うとできない。

第3回までやって、「これでは8回で覚えられそうにない」と思って不安になった。ところが、第4回が終わって、がらっと世界が変わってしまった。第4回は柄付きの帯の柄を出して結ぶ方法。第1回から第3回までやったことをほとんど繰り返しだ。それをやって自宅に帰り、自分で着てみたら、第3回のあとではどうもうまくいかなかったのが、なんとか着れてしまった。

なんだ。習うより慣れろ、なのだ。こちらは理屈型の人間なので、理屈がわからないと不安なのだ。でも、理屈では解決しない、繰り返しやっているうちにできるようになることはあるんだなあ。

ただ、それに納得したところで、着付けを習うのに飽きてしまった(笑)。着付け講師になろうと思っているわけではない。第5回はふくら雀の結び方だったが、自分ではいまさら結ぶはずがないふくら雀など、退屈なだけ。どうも繰り返し習うことには、向いていないようだ。

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イラク人質批判の不思議

退避勧告が出ているのにイラクに行って人質になった人たちが、「イラクに残りたい」「また行きたい」と言ったからけしからんという批判が噴出したという。私には、どう考えてもその理屈がわからない。

彼らは遊び半分で行ったわけではない。危険を承知で、それでも行かざるを得ないという思いに突き動かされていったはずなのだ。

もし彼らが、「後悔しています。もう行きません」と泣きべそをかいたとしたら、最初から遊び半分で行ったということで、それこそ批判されるべきだろう。もちろん、想像以上の恐怖にさらされた人が、もう行きたくないと言っても誰も責められないことだけど。

「怖かった。でも準備が整えばまた行きたい」というのは、それなりの信念を持ち、"自己責任"を覚悟して行っているからこそで、当たり前のことだ。

それを聞いてけしからんという人たちは、きっと彼らが信念を持っているということを、認めたくないのだろう。信念を持っている人は、持っていない人にとって怖い存在だから。

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検索エンジンとweblog

熱を出している間、ほとんどここの記事をかかなかったので、当然アクセス数は激減しているだろうと思ったら、逆に増えていたので驚いた。どうやら、Yahoo!やGoogleなどの検索エンジンから訪れてくれるらしい。最初に、サンプルとしてできるだけいろんな話題をふりまこうとした結果だろうか。

それにしても、記事を書いた直後から検索データベースに載っているようだ。@niftyのココログは、Googleの優先巡回先に入っているのだろう。そういえば最近、検索してみるとつまらないweblogの記事がでてくることがよくある。私の記事も、「つまらないのが出てきた」と思われていないといいけれど。

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自営業の悩み

先週の月曜日の夕方からどうもおかしいなと思ったら、熱がでてきて、39度まであがってしまった。もともと喉が腫れやすいたちだが、どうも癖になってしまったようだ。水曜日にいったん平熱に下がったが、木曜日にまた39度まであがって、金曜日の朝にやっと下がった。免疫力が落ちてるのかなあ。

一人暮らしはこういうときに不便なことがあるけれど、なんといっても困るのは、仕事の締め切りだ。1人で仕事を請け負っている以上、代わりにやってくれる人はいない。熱が出ようが骨折しようが、なんとかしなければならないのだ。という具合にライター志望者はよく脅されるが、もちろん、何が何でも締め切り厳守なんてことはない。そもそも、そんな高熱で、まともな原稿など書けっこない。ただ、なんとか穴を開けないように手段を考えなくてはならないのは事実。単行本2つの再校と雑誌の原稿2口があったが、分量的にはそれほどでもなかったので、なんとか少しずつあとにずらしてもらって片づけた。

それにしても、こういうときに、悩むことがもうひとつある。素直に病気だと報告するべきか、なるべく病気を隠すべきか…。病気だと言えば、それなりに応じてくれるのだけど、あまり身体が弱いと思われたら、仕事が減るかもしれない。弱みを見せるとまずいような気がするけれど、弱みを見せないと、たださぼっていると思われるかも。絶対的な正解はない。けっきょくは相手との付き合いの長さや信頼関係と、そのときの仕事の様子を見極めて、1つ1つ判断していくしかないのだ。

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