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2004/11/29

「アイドル」の違い

今日の毎日新聞夕刊に、女性記者が『アイドル』というコラムを書いていた(『憂楽帳』、ネットには翌日掲載)。

小学校5年生の娘と一緒に、自分が子供の頃に好きだった本を読んだ。『赤毛のアン』『若草物語』『あしながおじさん』。娘は喜んだが、もの足りない様子だという。なぜ?と思っていたら、「『赤毛のアン』の秘密」(岩波新書)を読んで納得した。自分が気に入っていた話は、すべて結婚相手を見つける話。「お嫁さん」に思い入れがない世代には、ピンとこないのだろうというのだ。

なるほどと思う反面、いまさらという気がする。小学5年生の娘がいるということは、記者は私と同世代か、やや年下だろう。私は子供の頃、『赤毛のアン』『若草物語』『あしながおじさん』のどれも、あまり好きではなかった。優れた物語ならなんでもよかったから、もちろんこれらの名作は読んだし、面白いとは思った。でも、いちばん好きだった話ではない。主人公が、自分で活躍する話のほうが、ずっと面白い。そういう話の主人公は男性のことが多かったけど、自分にとっては、男の子と出会う女の子の話よりも、ずっとしっくりするのだった。

時代の差がすべてということは、ないだろう。むかしから、男の子と巡り会う女の子の話が好きな子もいるし、自分が活躍する話を好む子もいる。世の中の流行が、自分が活躍する話を支持するようになっただけのこと。

ただ、ちょっと思うのだけど、最近は「活躍しなきゃ」が強迫観念みたいになっていないだろうか。いまの若者は、適職探しに苦しんで、けっきょくフリーターを続けたりするという。

「お嫁さん」があこがれの時代でも、そうそう理想の「お嫁さん」になどなれなかった。でも、「お嫁さん」になれないと、自分が落伍者のような気になった。また、「お嫁さん」になりたがらない人は、異端視された。

「活躍する人」になるのは、素晴らしいことだ。でも、たいていの人は、そうは「活躍」できないのが現実だ。「活躍する人」になれないからと落ち込むことはない。「活躍する人」よりも、静かな生活を好んだからと言って、弱虫よばわりされることはない。

流行する価値観に惑わされずに、自分の人生を考えよう。

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