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2005/03/01

江戸時代、日本はサマータイムだった

またサマータイムの話題が出ているということで、ネットで反対意見が飛び交っている。しかし、この反対理由が、私には以前から、よくわからない。あげられている反対理由のほとんどが合理的ではなく、感情的なものとしか思えないのだ。

「実質1時間早く起きなきゃいけないのは大変だ」というのは、実質1時間早く寝られるということを無視している。サマータイムの制度というのは、時差が1時間違う国に引っ越すのと同じことだ。時差が10時間もある国に平気で旅行したり移住する人たちが、どうして1時間程度のことを大問題にするのだろう。

「残業が増えるのでは」とか、「遊びすぎて睡眠不足になる」というのも、本人や会社の問題だろう。いまは、真夜中でも繁華街は明るい。ほとんどの人は、時計を見てくらしているはずだ。季節によって変わるのは当然なのだし、窓の外の明るさで行動を決める人がどれほどいるのかわからない。

これまでで唯一納得できた反対理由は、「九州では夜明けが遅いから困る」というもの。確かに日本は東西に長いから、東京の都合で時間を決められても困るよね。

「夕方に明るいと、どうせクーラーをつけっぱなしになるので、電力消費は減らない。夕方でも暑い日本はサマータイムに向かない」という意見は、ある程度は理解できる。でも、むかしの日本人は、夕涼みを楽しんでいた。本来の日本の夕方は、それほど暑すぎるわけじゃない。

いまの都会が、夕方に外で過ごせないほど暑いとしたら、その問題を考えたほうがいいのじゃないだろうか。最近の猛暑は、地球温暖化だけの問題じゃないように思う。緑化や打ち水が、実はかなり効果があるという。クーラーに頼り切った生活が、逆に周囲の温度を上げている。むかしの日本人は、夏にはすだれをつかったし、家の周りに朝顔やへちまを植えた。朝夕の水まきは欠かさなかった。

私は、会社勤めの頃は、サマータイム賛成派だった。1時間40分くらいの長距離通勤だった。冬はまだ夜が明けないうちに家を出て、真っ暗になってから帰宅する。夏は朝は明るいけれど、帰り着いたときには、もう真っ暗だ。明るいところで何かするのは、週末でないと無理だった。夏だけでいいから、明るい内に家に帰り着きたい。そう思ったんだけどなあ。

子どものときは、暗くなるまでは外で遊んでいてよかった。冬は5時くらいだが、夏は7時だ。「もうちょっと、もうちょっと」と遊んでいては、薄暗くなって、母に叱られたっけ。そんな思い出が、明るい夕方を求めるのかもしれない。

「日本人にはサマータイムはなじまない」というけれど、実は江戸時代の日本は、どちらかというとサマータイムに近かった。1年中いつでも、日の出が明け六つで、日の入りが暮れ六つだ。1刻の時間が昼と夜で違うし、季節で変動するというのはややこしいけれど、自然とともに暮らすのであれば、そのほうが合理的なのだろう。

サマータイムを「時間を政治に支配される」と考えるか、「自然に人間が近づく」と考えるかで、印象はずいぶん変わってくる。勝手に支配されたくはないけれど、人間はやはり、できるだけ太陽と共に生活するほうがいい。でも、実際には本を読んでいて、つい夜更かししたりするけどね(笑)。

「サマータイム断固反対」というのは、逆に時計に縛られすぎてしやしないだろうか。いまの私は自由業なので、「サマータイムなんて、やってもやらなくてもどうでもいいや」と思ってしまうのだ。

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コメント

はじめまして。サマータイム制の導入にメリットを見出せない松永と申します。
反対意見の妥当性より、まず問題にされるべきは、推進派の主張内容です。どう見ても、メリットとデメリット(コスト)が釣り合いません。
時刻の調整によって社会にメリットがあるとしても、なぜ各機関でのフレックスタイム制の導入拡大を図ったり、始業・終業時刻の変更を推奨するという方法でなく、時計の方をいじってしまおうとするのか? まったく理解できません。

いま「スラッシュドット ジャパン」という掲示板で話題が進行中なので、こちらもぜひご覧になってください。資料も豊富です。
http://slashdot.jp/article.pl?sid=05/03/04/1529202

投稿: 松永 | 2005/03/05 20:41

松永さん、こんにちは。違うものの見方を知りたいので、こういうご意見は大歓迎です。

ただ、推進派の主張内容を問題にしないのは、私が興味を持っていないからです。ごめんなさい(^^;)。サマータイムが実現しても私は困らないし、かといってメリットもありません。

ご紹介の掲示板を、少し見てみました。「時計をたくさんあわせる労力を考えろ」といった意見は、とても合理的ですね。反対理由として、とても納得できます。

ただ、そういうたくさんの時計にしばられた生活で、いいのかなあという気はしました。だからサマータイム賛成というわけではないのですが。

投稿: meka | 2005/03/05 23:31

お返事ありがとうございます。
もしサマータイム制が実現したら、導入コストはかなり大きく、そのまま社会のコストとして全員に降りかかります。ほとんど回収不可能な損失です。「困らない」ということはありえないと思いますよ。
導入されてしまったら処理が大変なので、予防がいちばんだと思っています。

投稿: 松永 | 2005/03/06 12:14

松永さん、こんにちは。確かに社会への影響は大きくて、自分へもはねかえってくるでしょうね。「自分は困らない」というのは、ちょっと無責任だったかも。すみません。

でも、社会への影響を考えると、他にも原発やらゴミ処理問題やら少子化やら年金問題やら、重要なことは山のようにあって…けっきょく、自分が気になる問題に心配の比重が傾くのは、しかたないのじゃないかなあ。

生活の24時間化など、自然から離れた生活習慣が人間の健康に与える影響は、近い将来、医療費の増大や労働力の不活化という形で、社会に大きな影響を及ぼしていくと思います。もう少し自然に寄り添った生活を考えていかないと、大変なことになりそうです。私は、サマータイムが経済的に及ぼす影響よりも、そちらの健康問題のほうが心配なんですよ。

投稿: meka | 2005/03/06 22:32

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