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2005/10/01

体力の許す限り

市民ランナーへのアンケートに、回答が次々とよせられています。どうもありがとうございます。まだ受付中ですので、ランナーの方で未回答の方は、ぜひよろしくお願いします。

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さて、アンケートの回答を読んでいて面白いなと思ったのは、「いつまで走り続けますか」という質問に、「体力の許す限り」という回答が、多いこと。私は、「死ぬまで」だ。まあ、「死ぬまで」のほうが面白いとか冗談半分にという気持ちがないではない。でも、なぜか「体力の許す限り」という回答は、私には思いつかなかった。現実的には、「体力が許す限り」のはずなんだけど。

なぜだろうと考えたら、いまでも「体力の許す限り」でしか走っていないからだと思う。高速ランナーにしてみれば、私程度の走りしかできなくなったら、「体力の限界」と感じるかもしれない。多くの人がイメージする「体力の許す限り」というのは、自分が設定している「走る」意識に見合った体力の限界ということじゃないだろうか。でも、寝たきりなどになれば別だが、体力なんてかなり低くても、それなりに走ることはできると思う。

「体力がなければ走れない」という意識をぶっ壊さなければ、7年ほど前に100メートル走って息切れした時点で、私は「走れない」と思っていただろう。でも、1km9分から10分の速度なら、1kmくらいは走れることに気がついた。そんな走りでも、気持ちがいいことに気がついた。はたから見ればとても走っているように見えない走りだったかもしれないけれど、自分は満足したので、走れる気になった。

それを考えれば、私の「体力の許す限り」は、つまり「死ぬまで」だろうなと思うのだ。それに、もともと動くのが嫌いな性格だから、走るのをやめたらすぐに生活習慣病の巣窟になって、あっという間に死ぬような気がする。

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コメント

70歳過ぎてからマラソンに挑戦した全盲の方を知っています。最初は手の鳴る方向へ走っていくだけでも大変だったようです。ハワイまで走りに行ったりなさっていました。

自分はといえば、走ることは子どもの頃から 大の苦手。それが、近年歩くのもやや辛い状態になってしまい、何とかこれを克服したいと願っているものの、(本を読んだり願っているだけでなく)もっと現実に動き出さねばと思っています。

mekaさんの走りに関する記事は、とても励みになります(まだまだ遠い目標ですが……)。

投稿: | 2005/10/02 11:32

涼さん、こんにちは。

目の見えない方にとっては、運動不足を自覚しても、安全に運動できる機会は限られてしまうので、大変でしょうね。

移動が便利になるのは、足が弱い人にはいいことですが、使わないと機能がおとろえて逆に歩けなくなるようで、人間ってむずかしいですね。

涼さんも、ぜひ、自分の体力が許す範囲内で、走ったり、歩いたりしてみてください。

投稿: meka | 2005/10/03 15:18

こんにちは。
私もご多分に漏れず体力の許す限りと回答したのですが、本音は死ぬまで、です。走っていて、パタッと行っちゃったら、なんて思ったりします(不謹慎
残された家族や、参加していた大会関係者にとってははたはた迷惑な考えでしょうけど、理想としてはそんな感じ。でも実際はそうなる前に、走ることから歩く方にシフトしていくだろうと思います。

投稿: とらぼん | 2005/10/03 18:47

とらぼんさん、こんにちは。

アンケートへの回答、ありがとうございました。
まじめな人は、「体力の許す限り」と書かれたのでしょうね。

マラソン会場でバタッと死ぬって、大会関係者には迷惑かもしれないけれど、平均寿命ぐらい生きたあとなら、けっこういいかもしれませんね。少なくとも、車が来ないような高い山の上で死ぬよりは、周囲への迷惑はすくないでしょう。「またマラソンで死者が」なんて報道されて、「走るのはやめよう」と思う人が増えると困るのですが…。

投稿: meka | 2005/10/03 22:44

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