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2007/09/27

『差別と向き合うマンガたち』

差別と向き合うマンガたち (ビジュアル文化シリーズ)

「こういうところが差別なんだ、だからいけないんだ」といったようなわかりやすいものを期待すると、おそらく肩すかしをくうだろう。正直言って、わかりにくい。ただ、だからこそ、差別について、そしてマンガという表現について、深く考察し、核心に近いところを探っているように思う。

例えばリーダー格のヒーローは常にハンサムで、秀才はメガネをかけている。九州出身者はずんぐりとした体型など、マンガにはパターン化されたイメージがある。それは偏見だし、ときには差別につながっていくものだ。しかし、そのパターン化があってこそ、その人物の性格や背景が一目でわかり、読者は感情移入でき、感動が生まれるという。

また悪は常に魅力的。暴力には、快感を感じさせる面もある。それを単純に覆い隠してしまっては、深い人間性は描けない。葛藤があり、魅力的な悪を乗り越えてこそ、善には価値が芽生えてくるという。

「マンガ文法」という考え方も面白かった。マンガを読み慣れている人と、ほとんど読んでいない人とでは、同じ絵を見ても印象が違う。私たちは日常にあふれているマンガを読むことで、知らない間にマンガ文法というものにならされていくという。そういえば、母はマンガを読めない。

これは、マンガだけにはあてはまらないだろう。小説も音楽も美術も舞台も、娯楽や芸術のすべては、お約束のパターン化とそれを壊すところから生まれてくる。それに慣れ親しんでいてお約束がわかる人でなければ、理解できないし、面白くない。

ともあれ、いろんな考える題材を与えてくれる本。

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コメント

こんにちは、mekaさん

日下 翠 先生の「漫画学のすすめ」が原点です。ここから、漫画が学問になったようですヨ。
今や日本漫画は全世界に影響を与えるようになっているようですが…。

私自身は、あまり文学的漫画を読んだ記憶がない、子どもの頃はおバカでしたから、ギャグマンガばかり。ですので、詳しくは語れませんが、確かに漫画世代ではない私の母親は漫画は読めなかった。と思います。

投稿: ヤマシュウ | 2007/09/28 06:49

ヤマシュウさん、こんにちは。

趣味的マンガならわかるけど、文学的マンガというのは、よくわかりませんが…。浮世絵は江戸時代の大衆娯楽であり、広告媒体であったことを考えると、マンガはギャグも含めて立派な文化ですよね。

マンガを読むための文法を会得しているかどうかということで思い出したのは、宝塚歌劇や歌舞伎ですね。いずれも、ファンには面白い見所・聞き所が、普段見聞きしない人間にはわかりません。音楽や美術もそうかも。小説にも、そういうのはあります。特にSFやミステリでは、ファンお約束のギャグとか。でも、誰の心にも訴えるような作品というのも、あるんですよねえ。

投稿: meka | 2007/09/28 12:13

文学的漫画の代表格としてよくあげられるものは、手塚治虫作品「火の鳥」「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」でしょうか。熊本での講義では、導入の部分しか聴けなかったのでここら辺までしかわかりません。翌日が100kmマラソンで、本編まで残ることができませんでしたから。
もう劇場公開は終わったかもしれませんが「トランスフォーマー」は、日本のアニメのリメイク番なのです。
高校生くらいだったか?「ベル薔薇」も、アニメ先行で歌劇団がえらく流行ったことがありましたっけ?
「キャンディ・キャンディ」も、妹がえらく気に入って髪型まねたりしていました~。

本日振替休日(^ヘ^)v

投稿: ヤマシュウ | 2007/09/28 13:37

ヤマシュウさん、こんにちは。手塚治虫については、この本の著者もかなり影響を受けたそうです。

私が影響を受けたのは? 小学生の頃は別マで美内すずえや河あきらを熱心に読んでいましたが、転換点は、やはり『ポーの一族』や『11人いる!』ではないかと思います。

いま、少し前に人気があった『ダレン・シャン』というファンタジーのシリーズを読んでいますが、これなどひょっとしたら『ポーの一族』の影響があるのじゃないかと思います。

江戸時代の浮世絵はフランスで印象派に影響を与えましたが、現代は日本のマンガが、世界の文化に影響を与えていますね。

投稿: meka | 2007/09/28 14:35

浮世絵や鳥獣戯画などを「漫画」といってひとくくりにしてしまってよいのかという問題もあるようなのですが、「漫画」の定義も時代と共に移り変わっていっているようなので何ともいえないですね。
また、子どもの頃は、デズニー映画のあの漫画のなめらかな動きに見せられて、日本の漫画はなんてちゃちいのだろうって思っていましたが、今は違いますね。
少女漫画ばかりを読んでいた男友達がいましたが、今になって思うと、彼はそのストーリー性に引かれていたのかもしれません。当時は、女々しいやっちゃと、よくからかっていましたが。
SF物は、活字で読んだ方が自分のイメージが湧くので、漫画よりも文庫などで読んでいました。所が、今になって振り返ると、どんな物を読んだかというのは記憶の彼方に遠ざかってしまって出てこないんです。悲しい。

投稿: ヤマシュウ | 2007/09/28 20:27

ヤマシュウさん、こんばんは。

すみません。浮世絵をマンガだと言いたいわけではなくて、同じように世界に影響を与えた日本のポップカルチャーだということです。マンガ以外の文化でも同じようなことが言えるねという話をしたかったんです。

『差別と向き合うマンガたち』によれば、2003年か4年頃には、日本のマンガは海外で人気だがその絵をアメリカのコミックでは誰もまねようとしないと言っていたのが、現在アメリカの書店で「マンガの描き方」という本がたくさんでていて、日本風の目が大きい絵がモデルになっているそうです。

投稿: meka | 2007/09/28 21:15

漫画の書き方、特に中国への影響は大、なようです。

投稿: ヤマシュウ | 2007/09/29 08:08

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