2008/05/07

市川市東山魁夷記念館

この前、皇居で走っていて、道路の向かい側の国立近代美術館で東山魁夷展をやっているのが、気になっていた。でも、人があふれているのにわざわざ行くこともないかと思っていたところで、ちょっと前に中山法華経寺の近くに市川市東山魁夷記念館ができていることを思い出して、昨日、はじめて行ってみた。

中山法華経寺へは往復約6kmで、遠出はしたくないけれど、家の近くをぐるぐる回るのに飽きたときに、ちょっと走って行くのに手頃な距離にある。東山魁夷記念館も、走りやすい道を選んでいけば2.5kmくらいで、ほどほどの距離だった。

ただ、東山魁夷画伯は戦後長らく市川市に住んでいたそうだが、絵の多くは長野県に寄付してしまった。おかげで善光寺の隣にすばらしい美術館が建っているが、市川市には、それほど絵はないはずだ。以前、図書館の2階に小品を展示してあったが、たいしたことはなかった。たぶん、こちらの展示室もそれほど大きくはないだろう。1回500円の入場料は、おそらくもったいない。もったいないけど、せっかく走っていったのに、入らないというのも、面白くない。ということで、なんだか矛盾しているようだけど、2000円で年間パスポートを購入する。まあ、年に8回くらい展示替えをするようだし、ちょこちょこ走っていったついでに絵も見るのなら、じゅうぶんもとは取れるはず。10回行けば、1回200円だものね。

展示室は、思った通りとてもコンパクトで、やはり1回500円ではちょっともったいないかなと思うけど、ちょっとした発見もあって、ぶらっと立ち寄るにはいい感じ。特別展で、東山画伯の岳父、川﨑小虎画伯の小品展をやっていた。梟の絵が、かわいかった。

帰りに、久しぶりに中山法華経寺も回ってみる。こちらは日蓮宗の総本山で、はでな色彩の五重塔が面白い。中山法華経寺まで同じ道を行って帰ってくるのは面白くないが、記念館も回るとアップダウンもあるし、散歩ランコースには手頃だろう。

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2007/09/08

「金比羅宮書院の美」展

東京芸大美術館で行われている「金比羅宮書院の美」展に行ってきた。そういう展覧会をやっていることも知らなくて、チケットをいただいたので何気なく行ったのだが、行ってよかったー。

実は昨年、取材で高松に行ったときに、金比羅さんに詣でて、今回展示されている円山応挙の絵などを見ている。いい絵だったけど、この前見たし…というのがあったのだが、全然違った。というのも、金比羅さんでは、部屋に描かれたふすま絵を、廊下から眺めることになる。今回はガラスはあるがふすまの形に並べられた絵を部屋の中に入っていく感覚で間近に見られるわけで、迫力が違う。半分口をあげて鳴いているような鶴も、虎というより猫っぽくてかわいい虎も目の前でたっぷり鑑賞できた。

それに伊藤若沖の花丸図は、昨年行ったときには、いたみの激しい奥書院にあるため、公開予定はないとのことだった。もっともこのときは伊藤若沖の存在すら知らなかった。絵はがきやポスターになっている写真を見ていっぺんに魅せられてしまったのだが、この本物を見る機会はないのではないかと思っていたのだ。

今回、その一部、ふすま4枚分だけだが展示されていたのだが、やっぱり素晴らしかった。細かい筆遣いでいろいろな花が生き生きと描かれている。

ところで、このふすま絵は、奥書院の部屋の一面に花が描かれているという。最初展示場に入ったとき、両側に絵があったのですべて展示されているのかと思ったら、4枚を除いた残りは、複製だった。その複製が、写真をキヤノンのカラープリンターで印刷したというのだから、またこちらもすごい。よく見ると本物に比べて迫力が違うが、薄暗い証明のもと、ぱっと見ただけでは、わからない。印刷技術の進歩に驚いた。

入場するときに30分待ったが、中はそれほど混雑していなかった。ありがたやと思って見ていたら、だんだん混んできた。もう一度前のも見たいけど、人をかき分けてもどるのは大変そうだと思っていたら、出口と入り口が一緒になっていた。これ幸いと、2度目を回る。気に入ったところだけ重点的に見たが、前に見落としていたものもじっくり見られて、ラッキー。また出口に戻って来たので、また最初から回る。あわせて3回も回ってしまった。

この展示会は、明日9日まで。気になる人は、がんばって見てきてください。

追記:東京芸大美術館には何も書かれていなかったが、念のために金比羅宮のサイトで調べたら、10月から来年1月まで金比羅宮、来年4月から6月に三重県立美術館、来年10月から12月にパリのフランス国立ギメ東洋美術館で展示があるそうだ。

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2006/07/30

東京博物館で伊藤若冲を見る

昨日、先日金比羅山で知った伊藤若冲を見に、東京国立博物館に行ってきた。

ううむ。面白い。卵のような鶴の絵や、モザイクみたいな南国の動物の絵。どれも絵と言うよりも図案のようで、伊藤若冲という人は、デザイナーのセンスがあったのかなあ。

鷹や鶏の目つき、どこかで見たことがある。そうだ、マンガだ。ちょっとずっこけた感じで世の中を斜に見ている動物の視線。少女漫画でよくあるよね。

伊藤若冲とは、現代にいれば漫画家になったのかも。

鳥獣戯画は世界最古の漫画と言われているらしいけど、日本のMANGAが世界的になったのには、長い伝統の成果かもしれない。

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2006/07/21

伊藤若冲

雨の中をわざわざ金比羅さんに行ったのは、円山応挙の絵があるからでもあった。応挙の絵にそれほど思い入れはないが、生き物の絵には存在感があって見応えがあるという記憶がかすかにあった。今回、表書院で見た寅の絵も、いまにも飛び出して来そうな筋肉のもりあがりと躍動感。応挙が寅を見たはずがない。どうしてあんなに生き生きと描けるのかと思ったら、猫をモデルにしたのだそうだ。「だから、かわいいでしょ」と、受付の女性。確かに、愛嬌があって、寅にしてはかわいい。

しかし、そこでとんでもなくひかれる絵を見た。ただし、複製で。公開されていないのだ。

奥書院には、江戸時代の画家伊藤若冲の「百花図」がある。数年前に120年ぶりに公開されて話題を呼んだが、いまは非公開とか。ただ、そのときに制作されたポストカードとポスターが受付で売られていて、華やかでリアルな花の絵に魅せられてしまった。

そもそも花の絵をタイルのようにずらりと壁面に並べるという発想が江戸時代の日本画家としては、ユニークだと思う。金箔の背景に鮮やかな色彩でグリグリと存在を主張する花々のあでやかさ。

名前はおぼろげに聞いたことがあるような気もするが、そういう画家の存在はこれまで意識していなかった。帰ってからネットで調べてみたら、なんと、いま、上野の国立博物館で展覧会をやっている(プライスコレクション 「若冲と江戸絵画」展)。これは、見にいってみなくては。

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2006/07/01

プラド美術館展

地下鉄の広告で気になっていた東京都美術館のプラド美術館展が、明日までだというので、お茶の水女子大の公開講座の後、上野に回って見てきた。

人が多かった…。プラド美術館の絵は質が高いが、「これとこれとこれ!」と焦点を絞るような名作はそれほどなく、じっくりのんびり見るのに適していると思うのだが、これだけ人が多いと、のんびり見るどころじゃない。それでも、押し合いへし合いというほどでもないので、適当に人混みをかき分けながら、気に入った絵だけを念入りに見て、はやばやと退散。こういうときには背が高いのは、利点で人の頭越しにでも観賞できるのだけど、度が弱い眼鏡しか持っていないので、細かいところはわからない。オペラグラスを持って行けばよかったかも。

海外旅行は3回しかしていないのだが、1回目はヨーロッパ周遊で3回目はスペイン・イタリアだったので、実はマドリッドのプラド美術館には、2回行ったことがある。有名な十字架を背負ったグレコの絵には、3度目のお目見えということか。グレコの絵は、はじめて見たときは、新鮮に感じて好きだったのだが、今回は、あまり何も感じなかった。フェルメールの魔力には、ちょっと及ばない。キリストの指先が細くて女性的なのにも、なんとなく悲しみよりも喜びの表情に見えるのにも、違和感がある。

今回は、宗教画よりも王族の肖像画に興味をそそられた。特に、父王をなくしたあとの喪服の王女様が、顔の造作は、まあハプスブルク家だからあごがはっているのだが、りんとして気品があって、美しかった。

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2006/01/05

またまたフェルメール

美々姉さんの日記で、神戸にフェルメールが来ていると知ったので、正月休みの間に見てきた(オランダ絵画の黄金時代 アムステルダム国立美術館展)。震災後に建て替えられた県立美術館に行くのは初めてだ。立派なものができているなあ。

数点のレンブラントと、日本ではあまり知られていない他の作家の絵画も楽しめた。オランダでは、絵画は貴族からの注文製作ではなく、市場に出て市民の間で売買されていたという。それなりにアピールがある絵が多い。

さて、フェルメールの『恋文』は、思った通り、最後の最後、出口の近くに展示してあった。他の作品と比べると、かなり小さな絵だ。ぱっと見では特異性は感じなかったので、フェルメールの魔力もこれまでかと思ったのだけど、どうしてどうして。数秒見ている間に、しっかりつかまってしまった。

暗くごちゃごちゃした前景に比べて、はっとするほど明るい光が差し込んだ室内。中央にマンドリン(?)を抱えた若い女性が、手紙を渡されて驚いた顔。白目がいやに気になる。手紙を渡した使用人らしい中年女性の暖かく、でもちょっぴり面白がっているような表情。きらりと光る耳飾りや家具の金具。床のタイルの模様。あちこちと視点を移している間に、絵の前から離れられなくなってしまったのだ。

他の画家の絵は、ぱっと見て「ふうん。きれいだな」とか「ははあ。面白い」と思っても、自然に身体が移動していくのに、どういうわけかフェルメールの絵の前に立つと、意識しないとそのまま突っ立ってぼーっと見ていることになる。ちょっと見、そんなに印象的な感じはしないのに、なんとも不思議だ。そして、この魔力は、複製画では、絶対に起こらないのも不思議。

「そんなに好きか?」と言われると、「よくわからない」としか答えようがないのだけれど、フェルメールの生の絵には、何か魔力があるのは確かだ。

それにしても、生の威力というのは、面白い。でも、絵は多少古びても生で見られるけれど、音楽はそうはいかない。もしタイムマシンがあったなら、フルトヴェングラーの『運命』を生で聞いてみたい。

注:この展覧会は、1月15日までしかやっていない。興味がある方は、お早めに

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もう1回フェルメール

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2005/06/20

靖国神社参拝が必要な歴史的理由

日本の政治家が靖国神社に参拝したがるわけがわからない。遺族感情がどうのと言っても、外交的にマイナスが多すぎる。信教の自由から、まつられることを拒否している遺族もいる。それに、戦死者をまつる神社で、なぜA級戦犯をまつるのか。

でも、ふと気がついたのだ。

日本では、歴史的に「現政権に恨みをもって死んだ人」を神として祭り、その怒りを抑えて、逆に守り神になってもらうという考え方がある。

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2005/06/19

完璧主義とは違うもの

アマチュアオーケストラの流山フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に行ってきた。ランニング仲間が団員で、紹介してくれるのだ。昨年12月の演奏会にも行ったので、今回で2回目になる。

さて、正直に書けば、演奏にちょっと不揃いなところがあったり、「いまのところキレが悪いんじゃないの?」と思うようなところが、たくさんある。今回は有名曲が多かったので、特に気がつきやすかったのだろう。

ただ、ときどき「おっと危ない」と思うわりには、全体としてはよくまとまっていて、ひとつの音楽になっている。それに、何だか情熱を感じる演奏だ。何よりも、とっても楽しそうなところがいい。

子どもの頃はよくクラシックのレコードを聞かされたし、若い頃には○響とか○フィルといったプロの有名交響楽団を何回か聞いたことがある。とてもきれいな演奏だった。でも、あまりにもきれいだと、何だか眠くなるんだよね~。

以前は、何においても完璧こそが重要な気がしていた。演劇でも、音楽でも、絵画でも、小説でも、ある程度いいものを見慣れていると、アマの作品などは、つたないところばかりが見えてしまう。そこにひっかかって楽しめなかったのだ。また、何かを始めても、自分の稚拙さが気に入らなくてつまらないから、そのうちやめてしまうということが多かった。

でも、完璧ではないけれど、感動したり、楽しめたりできるものが、世の中にはあるのだなあ。そういうものを楽しむ人生もいいな。

(しかし、あるレベルの完璧さを追求しないと、プロとしては成り立たないし、アマチュアとしても進歩しない。むずかしいところだ。)

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2005/06/10

礼文島の花々

写真を撮ろうと思っても、いつもなかなかうまくいかない。今回は、「できるだけマクロでピントを合わせる」「隣の草の茎など、写って欲しくないものは、できるだけよける」の2点に注意して撮影してみた。案外うまくいった。

ただし、貴重な高山植物のこと。隣の草をよけるにも、草地に踏み込んだり折ったりはせず、あくまで手でそっとよけただけである。

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2005/03/01

吉野ヶ里歴史公園は復元された弥生時代のクニだった

この前の土日にANAの超割を利用して、佐賀県の吉野ヶ里遺跡に行ってきた。吉野ヶ里は弥生時代の大規模な遺跡で、何重もの環壕に囲まれた建物跡が発掘されている。その様子は、魏志倭人伝に描かれた邪馬台国によく似ているという。

実際に行ってみると、想像以上に広かった。国立公園になっている遺跡は一部だけで、周辺はバーベキュー場など県営の公園らしいが、遺跡の部分だけでもかなりある。

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2005/02/09

歌舞伎初体験

昨日、京都から友だちが出張で来ていたので、汐留に数人で集まった。中の1人が、「集合時間が遅いから、その前に近くの歌舞伎座で一幕見ない?」と誘ってくれたので、念願の歌舞伎初体験をした。実は、高校の鑑賞会で「葛の葉」を見たことがあるけれど、ほとんど覚えていないし、自分から見に行ったことはないので、実質初体験なのだ。

演目は、「新版歌祭文 野崎村」。一幕見席で、四階席が900円。18:20の上演で、切符の発売は18:00から。17:45に待ち合わせて並んでいたら、ゆうゆうだった。ふ~ん。案外簡単なのね。

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2004/12/04

壷屋焼物博物館

15:50着の飛行機で那覇に着いて、壷屋焼物博物館に行ってきた。

焼き物にそれほど興味があるわけではない。NAHAマラソン参加のために那覇に来るのは3回目になるけれど、この博物館の前を通るときはいつも月曜日で閉館。今年、夕方に着く便しか取れなかったけど、博物館の開館時間が午後6時までとわかったので、空港から直行することにした。

3年目の正直で中に入る。概観は古びた建物だったけど、中味はかなり新しく、きれいなのが意外だ。焼き物に詳しいわけではないので、展示はよくわからない。ただ、面白いのが、仏前に泡盛を供えたり死者を埋葬するときに泡盛を保たせるために壷があったこと。それだけ、泡盛が重要だったということだろう。

展示品の中には、見事な大型の骨壺もあった。沖縄では火葬せず、いったん土葬して、数年経ってから掘り起こして骨を洗い、骨壺に収めた。そのため、火葬よりも大きな骨壺が作られたとのこと。なるほどなあ。いまは火葬されるので、小さな骨壺が増えているそうだ。

また、本土から安くて丈夫な生活雑貨としての陶磁器が流入するようになると、沖縄の焼き物が廃れたとか。

焼き物というと、茶の湯の道具などで芸術品というイメージが強いけど、大半は日用品だ。焼き物の歴史には、その土地の文化が、強く関わっていると思った。

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2004/08/26

もう1回フェルメール

6月に「フェルメールの魔力」で書いた同じ「栄光のオランダ・フランドル絵画展」が、神戸市立博物館に来ていた。帰省したときに姉と三ノ宮で会う約束をしたら、ついでに見たいというので、もう1度見ることにした。

上野では1300円だったのに、神戸では1500円する。うーむ。

フェルメール以外の絵は、前はパッパと見たつもりだったのに、意外に記憶に残っている。前はフェルメールに気を取られていたけれど、いい絵がそろっていたんだな。

そして、フェルメール作『画家のアトリエ』。なんと、上野よりもずっと人が少ない。姉たちは直前の解説を読んでいたが、私は同じものを上野で読んだので、それは省略。実物の間近に立って、じーっと見つめることができた。

苦労せずに見たせいか、ちょっとだけ魔力は弱かった。でも、やっぱり魔力は健在。そのまま見ていてもいいよと言われたら、いつまでも飽きずに立っていられそうだ。

神戸市立博物館では、10月11日まで開催している。見たい人は、どうぞ。

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2004/07/31

女王様はぽっちゃり好み?

ソフマップで買い取り査定をしてもらっている間、両国の江戸東京博物館で「エルミタージュ美術館展」を見てきた。新聞屋さんから招待券をもらったのである。

エカテリーナ2世が収集した美術品ということで、普通の絵が多いのかと思ったら、まず出てきたのは、女王と寵臣(愛人)たちの肖像だ。寵臣たちは、みんなぽっちゃり型でふくよか。女王はぽっちゃり型が好みだったのか…。

次は、豪華な装飾の場所と宝飾類。宝飾類にはあまり興味はないのだけれど、これはきれいだ。ただ豪華なだけじゃなく、上品なセンスが感じられる。細密画は、いまでは写真技術が発達してるからなんともないけど、18世紀には職人技だったんだろーなー。女王は、きっと頭がよくてセンスがある人だったのだろう。

芸術品を見るよりも、女王の人柄がわかる展示が面白かった。

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2004/06/19

フェルメールの魔力

上野の東京都美術館に、フェルメールの『画家のアトリエ』が来ているというので、見に行った。最近、美術展情報は特にチェックしていない。4月からやっていたみたいだけど、先週末にやっと気が付いて、すぐ行こうかと思ったが、休日なので思いとどまった。で、平日の今日、ちょっと暇ができたので行ってみたというわけだ。

フェルメールについて、よく知っているわけじゃない。ただ、4年くらい前に大阪に4枚ほど来たときに、あまりにも「いいよ~」という話を聞いたので、見に行った。…よかった。そのときは、『青いターバンの少女』がメインの扱いだったけど、私が気になったのは、遠近法で描かれた何気ない室内の風景。どこがどういいというわけじゃない。複製画で見たときは、「うまい絵だな」と思っただけで、それほど魅力を感じたわけじゃなかった。でも、間近に見ると、なぜか絵の空間に引きこまれてしまうのだ。

さて、東京都美術館の企画展は、『栄光のオランダ・フランドル絵画展』という。レンブラントやルーベンスはあるし、それなりに面白いけれど、たいして興味をひかれないので、適当にパッパと見ていった。フェルメールは、最後にあった。さすがに、ほかの絵よりも人だかりがしているけれど、それほど多くない。ラッキー。平日を選んで行ったかいがある。

こそっと後ろの方からながめてみた。んー。まあ、こんなものかな。大阪のときほどに何かを感じない。もうちょっと前で見たいけど、正面にいる人たちが、全然動いてくれない。しばらく待つ。動かない。うーん。このまま帰ろうかなー。でも、この絵のために1300円払っているんだよねー。もうちょっと待つか。

しばらくして、係の人が「待っている方がおられますので、恐れ入りますが少しずつ動いてください」と言ったので、やっと動いた。前に出た。正面から見た。うーん。

遠くから見ていたときと比べて、絵が変わったわけではないのだ。だけど、なんだか絵につかまったみたい。どこがいいというわけじゃない。だけど、どうして人物や静物がこうくっきりとしているんだろう…。知らず知らず、手すりから身を乗り出して、じっと見つめてしまった。まるで絵に貼り付いてしまったみたい。うー。

何分たったのだろうか。もうしばらくいたいような気がしたが、周りに迷惑そうなので、貼り付いたのをべりっと引きはがすような気分で会場を出た。

不思議だ。似たような遠近法や陰影をはっきりと描いた絵はほかにもあるのに、なぜかフェルメールは違う。試しに会場の外の複製画をじっくりと見てみたが、あのような魔力は感じられない。

重要なのは、複製画ではダメだということ。それから、近くによる必要があるということ。実物を間近に見ることなしに、フェルメールを語ってはいけないと思う。

今回の展示は7月4日まで。見てみようと思う人は、お早めに。

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